ツイートまとめ テーマ:「無記」は経験主義的姿勢から導かれる論理的な帰結。陰謀追及に於いても着実な探求の為の基本的原則となる。


〇ブッダは「アートマンはある」「(五蘊などは)アートマンである」という断定的な見解を排したが、「アートマンはない」と断定する事もなかった。アートマンの有無など経験的に検証しようがないからである。検証不可能な事物を「ある」とか「ない」とか断定しない無記の姿勢は経験主義的な合理的態度。

〇これと同じ事が陰謀追及にも言える。検証不能または未検証の事柄に関してはその真偽や有無を断定する事はできない。特に陰謀組織の「黒幕」「元凶」などについてはインサイダーでもない限りは簡単に断定する事は難しい。よって信憑性のある資料などに基づいて確実に言える事を積み重ねていくしかない。

「〇〇はある」という断定的見解を排する事は「〇〇はない」という断定的見解を取る事を意味しない。「アートマンはある」という見解を取らない事は「アートマンはない」という見解を取る事を意味しない。検証不可能・未検証な命題に関する断定を控えるという無記は経験主義的姿勢から導かれる帰結。

〇陰謀追及でも同様である。「黒幕は〇〇である」と断定しない事は「黒幕は〇〇でない」と主張する事ではない。無記と否定は異なる。ドグマティストはここが分からない。信憑性のある資料や論理的推論に基づき確実に言える事を積み重ねていく。確かな根拠で否定されない仮説や可能性はどれも排除しない。

〇認識可能で経験的に検証できる心身など心理的物理的な諸現象に対して個別具体的に「これはアートマンか」と検証する事はできる。それと同様「これは黒幕か?」と個別具体的に検証して「これは黒幕ではない」と断定し得る場合もある。例えば単なる傀儡政治家や官僚が裏権力の黒幕でない事は断定できる。

〇「ブッダは「アートマンはある」「(五蘊などは)アートマンである」という断定的な見解を排した」と書いたが、現実に認識可能で経験的に検証できる「五蘊」などに対しては無常な現象と確認できるので「アートマンではない」と断定した。それと同様に「安倍は世界の帝王=黒幕ではない」と断定できる。」

※補足説明 五蘊非我と否定神学の違いについて
「色はアートマンではない、受はアートマンではない、...」というブッダの思考方法は一見否定神学に似ているようだが、否定神学のような「神は存在する」という前提を立てない点が根本的に違う。経験的に検証できない以上アートマンは「ある」とも「ない」とも言えないのである。「認識される現象にアートマンはない(無我である)」とは言えるが、端的に「アートマンはない」とは言えない訳である。これが「神は存在する」という大前提を立てた上で「神はこれでもない、あれでもない」と言う否定神学との根本的相違である。謂わば徹底的に経験主義なのである。認識・観察して確認した現象についてのみ断定する姿勢。「無記」はここから導かれる論理的帰結である。形而上学的な独断を前提として持つ否定神学からは絶対に「無記」は出てこない。



https://twitter.com/kikuchi_8/status/999337837056020480


(了)

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by kokusai_seikei | 2018-06-03 12:12 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)
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