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ツイートまとめ テーマ:「メリット」論では測れない国際秘密力の行動原理



エスチューリンによるとタヴィストックの理論に「社会混乱」理論というのがあるらしい。社会的混乱を引き起こすと人々はそちらに気を取られ、それ以外の問題への反応が鈍くなり、その場しのぎの娯楽と気晴らしに退嬰する、と。「メリット」論では心理戦術上の理論に基づいた社会工学は想像もつかない。

一般人が知らない心理法則を発見し、戦術として応用するタヴィストックの洗脳科学者には分かる「メリット」でも、一般人には「メリット」と分からない、などという場合が多々あるはずである。一般常識レベルで「メリット」を推論するのではここを見逃してしまう可能性が高い訳である。

次々に社会的混乱を引き起こすと人々が支配されやすい状況に陥るという心理的法則を知る者はコストをかけてまで人工的災害や自演テロ、戦争を引き起こす事が支配強化の為の「メリット」と分かっても、かかる心理的法則を知らない者からすると、コストをかける「メリット」があるとは思えないのである。

〇以上縷々述べてきたが、「メリット論」があまり意味が無い理由は①異常な権力犯罪者の動機など究極的には知り得ないという事洗脳科学を研究している連中は一般人が知らない何らかの法則を把握している可能性が高いので、一般常識で「メリット」を判断する事は落とし穴になる危険性がある。と考える。

〇そもそも、貪り、憎み、罪もない人々を虐げ、痛めつけ、苦しめ、支配する。こんなことに「メリット」などありはしないのだ。しかし、それが分からない外道連中がいる。メリットなど何もないことを平然と行って、それが「メリット」だと思い込んでいる狂人の所業はメリット論では解明できるはずもない。

〇儀式殺人や終末予言の再現など、宗教的妄執に基づく陰謀や謀略は通常の「メリット」では推し量れない狂気を帯びている。「儀式殺人?終末予言の再現?そんな事して何の得があるんだよ」と言っているうちに、オカルト犯罪者の蛮行が実行されていく。そういう可能性を常に意識しておくべきである。

〇そもそも、わざわざ目立つ場所にシンボルを掲げる事は通常人の感覚からするとなんのメリットもないではないか?だが、注意を凝らしてみれば分かるように世界にはそこら中にシンボルが溢れている。ミュージックビデオなどにも「三角と目」が出てくる。オカルト犯罪者の行動を常識で図るのは禁物である。

ビルダーバーグ会議などに集まる世界の「支配層」と言われている者達の中核は狂ったオカルト主義者という事をまず認識する必要がある。通常人の物差しであの連中の行動を推測し、断定する事は禁物である。オカルトだと考えないと、己らの正体を示すシンボルを敢えて目立つ所に置く理由が説明できない。

自分の物差しをそのまま適用するメリット論は無意味だが、まず想定される「犯人」がどういう人物像なのかをよく理解した上でなら有効である。相手が狂ったオカルト主義者だという事を把握しているならば、コストを惜しまずオカルト儀式や終末予言の再現演出、NWO誘導等をやるはずだと理解できる。

〇そもそも世界権力犯罪者=国際秘密力は既に十二分過ぎる富や権力を持っている。もちろん、餓鬼の如き彼らにとって富や権力への執着は尽きる事がないが、そこまで来ると単なる富や権力以上の「何か」を求め始めるのではないか。狂った「理想」の実現などである。それに名称を与えると「NWO」となる。

〇通貨の発行権を持ち、世界の主要産業を押え、各国政府の要人を操作できる程の力があれば、コストを惜しまずオカルト的社会工学イベントのような所業も半ば道楽としてやっても不思議はないのではないか?イスラエル建国に至ったシオニズム運動はライオネル・ロスチャイルドの道楽だったと言われている。

〇有り余る程の金を持つ者にとっては多少のコストをかけたところで痛くも痒くもなく、我々一般庶民からすると全く無意味なオカルト儀式をやっても不思議はないと想像できる。しかも罪もない人々を犠牲にしてである。だが彼らとて己らの所業が一般庶民にばれたら何もできない。だから暴く必要があるのだ。

https://twitter.com/kikuchi_8/statuses/727326304425533440



(了)

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by kokusai_seikei | 2016-06-27 23:43 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:「人工地震」に言及すると湧いてくる朝鮮カルト系火消し工作員について


人工芝批判をしたら当然横文字左翼系の工作員が出現する。人工地震に言及したら何故か朝鮮カルト系・ネット右翼系が出現する。火消しの対象トピックの担当分けがあるのだろうか。パヨクとのプロレス差し置いて「人工地震」の火消しに駆り出される「〇〇日報」と同じ論調の反日朝鮮カルトと推測する。

〇流行りの「パヨク」と喧嘩するより、人工地震説の火消しに動いているネット右翼はプロの可能性が高いのではないだろうか。素人ネトウヨは(裏の連中にとって)当たり障りのない両建的寸止めサヨク叩き以外に興味が無いはずである。「人工地震」に過敏に反応して動く「ネトウヨ」はプロ筋だと推測する。

〇人工地震説の火消しにネット右翼系が湧いてくるのが違和感があったが、ネオコンの下請けの朝鮮カルト系の工作員だと考えると別におかしくはない。この手の工作員は「普通の日本人です」とか、どう見ても普通の日本人の名乗りではない自己紹介をしたりするのが特徴。「プロでしょう?」と言うとよい。

https://twitter.com/kikuchi_8/statuses/727294695756296193

(了)


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by kokusai_seikei | 2016-06-27 07:48 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:熊本地震及び人工地震関連➄


〇長野県の松代群発地震の後、注水実験をしたら地震が誘発され一日に54回も発生したとの事。引用:注入地点の約 3km北で, 1月25日 2時頃から急に地震 が増え,この 1日で54回に達した.地震は注水中続き,注水停止後徐々に収まった
http://homepage2.nifty.com/cat-fish/swarm/sw1965.html

〇地震が移動したというのが熊本地震に似ているような。松代群発地震後の実験では、注水で水が移動したのだろう。引用:これらの地震は,北東方向に深くなる平面に沿って,流れ下るように広がっ た.潜在断層面に沿って水が運ばれたと考えられる.
http://homepage2.nifty.com/cat-fish/swarm/sw1965.html

〇日本でも1960年代に既に「注水→地震誘発」現象が知られていたようだ。有毒廃棄物の地中注入で起きた米国のデンバー地震と同時期だ。引用:当時は地殻の中に水を圧入すると,地震が起こるという現象が注 目を集め始めていた時期であり,
http://homepage2.nifty.com/cat-fish/swarm/sw1965.html

〇米軍が地下の井戸に有毒廃棄物の注入を行なったことが原因で起きたデンバー地震では、震源の深さは10キロから20キロに及んだという。これは米軍が掘った井戸の深さより数倍深い。つまり、数千メートルの穴を掘り水を注入すれば震源が10~20キロの地震が誘発されるという事になる。

〇ウィキによるとデンバー地震の原因になった廃液が注入された井戸の深さは3671m。素人考えで見ても、1960年代の掘削技術で3000m以上掘れたのなら現代ではそれ以上も余裕ではないだろうか。しかも、3671mの井戸に注入した廃液が原因で震源が10~20キロの震源の地震が誘発された。

〇地中に水を注入すれば地震が多発しうることは既に1960年代に明らかになっている。その可能性を一切考えない理由は?皆まで言わんが。【連なる断層帯「異常」誘発 活断層にはまだ「割れ残り」? 熊本地震1000回超】http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/242139

〇高圧で地下に注水→地震誘発。色々調べてみたが、これは専門家の間では普通に語られている現象の様である。それがよく分かった。掘削して水をいれることで、群発地震を誘発することが可能。これはデンバー地震や松代群発地震後の注水実験で証明済みのようだ。調べてみないと分からないものだ。

〇【注水に伴う誘発地震の発生特性】
http://www.dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8766726_po_p268-276.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

〇下記資料からの引用。素人からするとなんだか難しいが、とにかく誘発地震が起きるメカニズムらしい。「誘発地震」を起こせる前提で専門家が普通に語っていること自体に驚いた次第だ。
http://www.dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8766726_po_p268-276.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

https://pbs.twimg.com/media/ChVpbKOUoAEKAT4.jpg

〇「1997年から2000年にかけて,注水開始から誘発地震発生までの時間が約2日間遅くなり,野島断層の固着が深さ2~4kmまで進行している可能性が示された。」とかさらりと書いてあるが、要するに注水して地震を誘発する実験をしていたということか。意識して調べないと知る由もなかった。

〇注水による誘発地震(人工地震!)のメカニズムが語られている!引用:注水誘発地震は注入水(間隙水圧)が破壊条件の整った地殻内部まで拡散・伝播した時点でトリガーされ,発生するものと考えられる。
http://www.dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8766726_po_p268-276.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

〇「破壊条件の整った地殻内部」とは、例えば断層帯などだろうか。そういう「条件の整った」地殻内部にまで到達するほど注水すれば、地震の「トリガー」になるという事だろうか。なんだこれは。こんなに普通に語られていたとは本当に驚きである。「注水→地震誘発」は「陰謀論」でも何でもなかった。

〇熊本防衛支局の平成27年の発注予定工事表。熊本地震の震源に近いと言われる陸上自衛隊高遊原分屯地でボーリング調査が5本。噂には聞いていたが本当だった。
https://www.kensetsu-net.com/html/pdf/kiji/P00042438.pdf

https://pbs.twimg.com/media/ChZ2uhgUkAUQ-mH.jpg
〇地熱発電、ボーリング等々、今の時期「穴掘り」に要注意である。

〇2014年に高遊原分屯地で日米共同訓練が行われていた。自衛隊の基地内に米軍が入ってくる場合があるということか。http://flyteam.jp/airport/jgsdf-vice-camp-takayubaru/news/article/42582

地中に核爆弾を埋めて起爆地中に高圧で注水ダム建設石炭や天然ガスを採取する、など、人工地震が「起きる」「起こす」方法がたくさんあり、 専門家は普通に言及している現象だという事が分かった。「人工地震=トンデモ妄想」という刷り込みは完全に我々一般庶民向けだと感じる。

〇あるプロ陰謀論者が「いくら科学が進歩しても人間はまだ地震を起こす事はできない」という趣旨の事を言って人工地震を否定しているのをどこかで読んだ記憶がある。少し調べれば色々な方法で人工地震を起こせる事はすぐに分かる。ミスリードもいいところだ。

〇人工地震を起こせる事は事実なので科学の専門家は普通に言及している。しかし、一般庶民に対してはできるだけ伏せられているとしか思えない。意識して調べない限り、注水による地震誘発実験が行われていたことなど知る由もなかった。自然災害に見せかけた環境改変兵器になりうるので伏せる動機がある。

〇自然災害に見せかけた環境改変兵器は「人為的な災害惹起は不可能」と思われているからこそ気づかれる事なく対象を攻撃できる訳で、「人為的な災害惹起は可能」という認識が広まるだけで、この種の環境改変テロはやりにくくなるのではないだろうか。この問題は皆が言及するだけで抑止力になると考える。

禁止条約があるという事は、逆に言えば「環境改変技術の軍事的使用」がありうるという事である。あり得ないなら禁止条約を作る必要が無い。【環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約
https://ja.wikipedia.org/wiki/環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約

川内原発を止めないでおいて、地震にやられたことにして、外部から操作するなどしてドカンとやるつもりじゃあるまいな、権力犯罪者共。

福島原発のように安全管理を外国の会社に頼むなど狂っている。川内原発はどうか?やろうと思えば外部からコンピュータにアクセスできる仕組みなのか?これから地震にかこつけた「何か」計画がある為に外国勢力から「止めるな」と言われているから止めないのか?「妄想」に終わらせるために敢えて言う。

〇技術的に人工地震が可能である事実に反論できなくなると、「人工地震をやるメリットが無い」と来る。以前も書いたが、人工地震をやる犯罪者の「メリット」はいくつも想定できる。だが、権力犯罪者の動機など究極的には分からない。我々からしたら想像だにできないことが動機でそれをやる可能性もある。

〇例えば、殺人鬼の「メリット」が理解できるのか?普通の人間にはサリンを撒く「メリット」など想像できるはずもないのに、「麻原彰晃は日本を支配する為に単独で地下鉄サリン事件を起こした」というオウム事件の公式ストーリーを素直に受け取っている。この様に「メリット論」はあまり意味が無いのだ。

〇「メリット論」は論証抜きに自分の感覚だけで楽に異論を否定する為に持ち出される事が多い。世界支配を企み、生贄儀式をするような連中の「メリット」など理解できないし、したくもない。だが、自分は理解ができないが、その連中なら「メリット」と考え凶行に及ぶ可能性がある事を考慮する必要がある。

〇TVが報道すれば「ビンラディンは世界をイスラム化させるために911事件を起こした」という公式ストーリーを素直に受け取る態度と、自分の感覚で「『メリット』を理解できないからありえない」とする「メリット論」は矛盾している。メリット論は否定の為の「論」だと分かる。

〇「メリット論」は連続殺人鬼が逮捕されたとして、「それをやるメリットが無いからありえない」と結論付ける事に等しい。犯罪者が何をメリットと考えるかなど想像もつかない。相手が国際秘密力ならなおさらではないか。想像でしかないメリット論より、確かめうる事実を積み上げていくことが重要である。

〇「世界を支配したい」などという途方もない願望は普通の人間は持つことが無いので、メリット論で推論するとありえないことになる。だが、権力犯罪者はNWO妄想を持っている。儀式殺人も、人を無慈悲に傷つけ虐待するだけで何のメリットも無い。だがそれをやる連中がいないと断言することはできない。


https://twitter.com/kikuchi_8/statuses/726444427384750080


(了)

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by kokusai_seikei | 2016-06-27 07:47 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:穴太衆とフリーメイソンの違い


〇熊本城を築城したのは加藤清正公が近江から連れてきた穴太衆だそうである。なんとかこの貴重な文化遺産が修復される事を願う。穴太衆の自然石をそのまま積み上げる「野面積み」という手法はとても日本的だと思う。西洋の石工のように自然石を人工的に切りそろえる事無く自然のままの石を使うのである。

同じ石工と言っても、穴太衆とフリーメイソンでは手法が対照的である。西洋の石工は天然の石を人工的に加工した上で素材とするが、穴太衆は自然石をそのまま積み上げる「野面積み」という手法を使う。天然に存在する石の形を活かしながら積む。これは自然と最大限に調和した日本的な技術だと感じる。

フリーメイソンの発想では、「世界政府」という巨大建築物を建設するのに、まずは天然の石を加工するように、自然発生的に存在している各地域の人間を画一化する。宗教統一などは石工が天然の石を加工して規格を統一するのに似る。画一化された人間を基礎とした「ワンワールド」という砂上の楼閣。

自然石をそのまま積み上げる「野面積み」は自然と調和して個々人の天然の性質を損なうことなく、其々が所を得て調和する日本的な和の理想を表現している気がする。建築思想がフリーメイソンと全く異なる穴太衆的な「石工」からは「世界政府を建設」などという人工的な発想は出てきにくいのではないか。

〇と言っても、出口王仁三郎=上田喜三郎が穴太衆に連なるという話も見たことがある。修験者や忍者、サンカの人脈の中から、西洋の闇勢力と呼応する者達が出てきたように、中には利益に釣られて「同じ石工じゃないか」と西洋秘密結社と結託する対日侵略先兵が出て来ても不思議はない気はする。


https://twitter.com/kikuchi_8/statuses/726453165135007745

(了)


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by kokusai_seikei | 2016-06-27 07:47 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:明治以後、伝統宗教界に忍び寄る憑依型戦術


〇「サナト・クマーラ」とはヒンドゥー教に由来する神智学の概念である。金星を司る神とされる。つまり「明けの明星=ルシファー」。これを「魔王尊」として祭っているのが鞍馬寺である。鞍馬寺は仏寺ではなく神智学の宗教団体「鞍馬弘教」となっている。鞍馬寺はニューエイジャーの「聖地」と化した。

〇鞍馬寺の住職だった信楽香雲が神智学徒の三浦関造という人物の影響を受けて天台宗から神智学に鞍替えしたことで、鞍馬寺は「鞍馬弘教」として神智学系の宗教団体になってしまった。三浦関造は神智学協会のアリス・ベイリー派なので、国連ビルにある「ルシス・トラスト」と同じ系列である。

〇明治時代には神智学に興味を持つ仏僧が結構いたらしい。南方熊楠と交流があった 土宜法龍という真言僧も当時ロンドンで流行っていたブラバッキーのオカルティズムに関心があったようだ。南方熊楠は土宜への書簡で手厳しくブラバッキーのオカルティズムを批判した。「憑依型戦術」は巧妙に入り込む。

「西洋のものは何でも優れている」という明治時代の日本社会一般の観念が伝統宗教界にも影響していた事が神智学に興味を持つ仏僧が結構いた事の原因だと思われる。神智学協会員でもあった鈴木大拙スウェーデンボルグを紹介したり「禅は神秘主義」と言ったのもその背景からだろう。憑依型戦術に注意!

国際秘密力は国家に寄生する事で力を発揮する。自ら造った人造国家もあるが、それすら特定の民族や国民を利用し、既成の国家の廃墟の上に立てられたものである。彼らは自らの血は流さず、精神や経済を操作する技術を駆使して支配を達成しようとする。逆に言えば寄生されている庶民が気づけば力を失う。

〇天狗伝説で有名な鞍馬寺が神智学と結びついてニューエイジ系の宗教団体となり、サナト・クマーラ=金星=ルシファー=魔王尊を祭る。今やニューエイジャーの「聖地」。鞍馬寺住職に影響を与えたのはアリス・ベイリー一派の三浦関造。「憑依型戦術」が伝統を破壊・改変した非常に典型的な事例である。


https://twitter.com/kikuchi_8/status/715573073563365376


(了)


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by kokusai_seikei | 2016-06-27 07:46 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:「魔術のかわし方=対心理戦術防御法」の指針として日本伝統の「六根清浄」を考察する


〇「魔術のかわし方」は、日本伝統の「六根清浄」が良いのではないかと考えている。魔術師と言えども、対象者の五感を通して洗脳する。それ以外に洗脳する通路はない。思考操作も視覚や聴覚から入る言語を介する必要がある。従って、五感と思考に気を付けておく「六根清浄」で防御できる可能性が高まる。

〇「六根清浄」は日本人の言い方だが、これは最古の仏典に載っている。【スッタニパータ171 「世間には五種の欲望の対象があり、意(の対象)が第六であると説き示されている。それらに対する貪欲を離れたならば、すなわち苦しみから解き放たれる。】要するにこれである。認識対象に気をつけよと。

眼耳鼻舌身意の六つの認識対象が人を迷わす。したがって魔術師が人を迷わすにはこれを操作する。【スッタニパータ169 師は答えた、「雪山に住むものよ。六つのものがあるとき世界が生起し、六つのものに対して親しみ愛し、世界は六つのものに執著しており、世界は六つのものに悩まされている。」】

〇【眼識=視覚】文字やシンボルを使って迷わす【耳識=聴覚】言語や音楽を使って迷わす【鼻識・舌識=嗅覚・味覚】薬物などを使って迷わす【身識=触覚】異性を近づけたり、あるいは暴力を加えて迷わす【意識=識別・思考作用】視覚や聴覚を介し言語により思考を迷わす●これら全部六根清浄で防止可能。

六つの感覚器官と認識対象に気を付ける(守る)。これは洗脳防止の指針になりうる。【スッタニパータ250 通路(六つの機官)をまもり、機官にうち勝って行動せよ。理法のうちに安立し、まっすぐで柔和なことを楽しみ、執著を去り、あらゆる苦しみを捨てた賢者は、見聞きしたことに汚されない。」】

「見聞きしたことに汚されない」とは「洗脳されない」と同義だと考える事が出来る。常に六つの器官と六つの認識対象に気を付けて、囚われないように心を守っている者は「見聞きしたことに汚されない=洗脳されない」という訳である。禅僧・鈴木正三も「常に心を守り六賊煩悩を滅せよ」と教えている。

〇眼耳鼻舌身意・色声香味触法。それに深層心理(唯識では阿頼耶識。これと無意識の自己中心性=末那識)を加える。人間の「世界」はこの外に出ない。従って人間の支配を企む連中はこの領域を操作する。だから防御するにはこの領域に気を付けるとよい訳である。要素に分解して整理すると対処法も明確に。

〇初期仏教の研究者(仏教の思想第2巻存在の分析より)によると我が国では江戸時代までは仏教の宗派を問わず学僧達が倶舎論唯識学を「性相学」として学んでいたとの事。仏教の基礎学として哲学的なアビダルマ=論が学ばれていた。往生要集で有名な源信は一面では倶舎論研究の学者だったそうである。

〇しかし、明治以後は仏教宗派を問わず性相学を学ぶという伝統は廃れてしまったそうだ。ここにも憑依型戦術に侵入された原因の一つを見る。江戸時代までは学僧達が初期仏教や初期大乗の基礎学を修める事で異質な要素の流入を防いでいたが、明治以後はその枠が無くなり神智学などに侵入される隙を生んだ。

〇「桃栗三年柿八年」にかけて論蔵習得の難しさを例えて「唯識三年倶舎八年」と言われる。こういう格言がある事自体、日本ではアビダルマがしっかり学ばれていた事を物語っている。こういうよき伝統はやはり明治で廃れてしまっている。仏耶一元論や神智学化など、この伝統があれば防止できたはずである。

〇倶舎論と唯識学を習得したほどの学僧ならば、仏耶一元論や神智学など鼻で笑うはずである。鈴木正三などが切支丹に対したように、徹底的に論破した上で日本の伝統思想を換骨奪胎して西洋化する思想攻勢を完全に防ぎ得たはずである。こういう知的武装が解除されてしまったが故に、侵攻を許したと考える。

〇先日「魔術のかわし方」について「六根清浄」はどうかと言った。これを具体的に説明したい。一つは有害な対象そのものを感覚器官に触れないよう遠ざけてしまう事である。例えば太田龍氏が「白痴製造機」と言ってTVを捨てた様なことである。だが、生きていれば有害な対象に触れざるを得ない事は多い。

〇有害な対象と言えば結社的シンボルを散りばめた映画や音楽なども含まれる。基本的には遮断して見ない方がよいものだが、それだけでは陰謀の分析ができなくなる。ここでもう一つのやり方が出る。対象に飲み込まれず冷静に距離を置いて客観的に観察する事である。有害を有害として自覚する事である。

〇感覚は感覚器官と対象の接触によって生じる。生じた感覚が快が不快かに応じて、愛執や嫌悪という感情が生じる。感情が生じるのは健全な事だが度合が極端に強まると既に対象に引きずられている。だが、感覚に自覚的であるとこれが緩和される。自覚的である分だけ対象に引きずり込まれていない訳である。

〇何も知らずにシンボルを無意識に眺める事と、対象が結社的なシンボルである事を自覚した上で分析する事では、同じ「感覚」や「知覚」と言っても意味が全然違う。前者は対象に引きずり込まれる危険性があるが、後者だとその危険性は格段に低い。感覚や知覚に自覚的であるだけで洗脳の危険度が下がる。

〇洗脳防止の為の「六根清浄」は具体的に言うと①有害な対象を完全に遠ざけ、感受しない。だが、それでは生活上なかなか困難な場合もある上に、陰謀の分析もできない。そこで②感覚・知覚に自覚的である事。自覚的である分だけ対象に引きずり込まれる危険性が減る。陰謀分析もこの姿勢だからこそ可能に。

〇しかし①と②の使い分けは対象の性質にもよる。例えば、放射能や遺伝子組み換え食品のようなものは絶対的に①で対処するべきである。自覚したところで、有害な物質が体内に入ってくる事は阻止できない。②は主に心理的な事柄である。シンボリズムや思想、イデオロギーによる洗脳への対処で有効である。

〇まとめ。①有害な感覚対象には心理的なものと物理的なものがある。②対処の仕方は次の二つ。有害なものを有害なものと自覚し、遠ざけ遮断する。これは心理的物理的どちらの対象にも有効。特に物理的対象はこれで防ぐしかない。もう一つは有害なものを有害と自覚しつつ感受。これは心理的対象のみ有効。

〇仏教(特に唯識)では「」と「」を迷いの根源としてとりわけ気を付けるようだ。受とは感受作用。感受及び感受した情報を苦・楽・不苦不楽と捉える作用である。想とは表象作用や概念作用。モノや事物の形を対象としてイメージし、名称を付与する作用である。言語と不可分な作用。言語は思考と密接。

〇「受」(感受作用)と「想」(表象作用・概念作用)に気を付ける。これはそのまま洗脳防止策になる。何故なら、洗脳とは、五感や五感を通じて表象や観念、思考を操作する事だからだ。深層心理の操作も五感を通じて行われる。五感は謂わば関所。したがって深層心理への操作防止も「受」が重要と考える。

〇「想」の操作の具体例。第一次大戦時、米国のマスコミは「独逸人は野蛮で極悪の所業を重ねている」と盛んに喧伝した。米国国民は実際に見た訳ではないのに独逸人に対して作られたイメージ=「想」を持つ様になった。そして戦争に突入した。国際秘密力は「想」を操る事で米国を戦争に誘導したのである。

〇言うまでもなく「想」の操作は現代でも行われている。近年で見ても、フセイン、カダフィ、アサド、プーチン、一体どれだけの固定イメージが作られてきた事だろうか。国際秘密力がフセインやカダフィを抹殺する際、彼らに「極悪人」のイメージを貼り付ける事で民衆に侵略戦争を支持させるよう仕向けた。

ISなどは存在自体が「想」である。つまり、最初からイメージしか存在しない、作られたインチキの集団という事である。構成員はイスラム戦士というより単なる傭兵や工作員。洗練された宣伝技術を使ってこれ見よがしに自らを「悪」と演出し人々に「想」を植えつける。欧米の侵略戦争を正当化する為に。

国際秘密力は人々の五感と思考を操作する事で支配する。それと同時に、人々から何かを隠し感受・認識させない事でも支配する。マスコミが報道しない事にこそ真実があったりする。マスコミが報道する事の範囲外には思考が及ばないように制限するのである。情報を流し、また流さない事で心理操作する。

〇「受」と「想」についてだが、「眼耳鼻舌身意」の六識で言うと、受は眼耳鼻舌身という五感に伴い、想は意=認識作用に伴う。認識主体と認識対象の関係が「受」と「想」なのである。第六意識は感覚ではないので「受」ではなく「想」。言葉やイメージを浮かべ、五感と共に働いて感覚を明瞭にしたりする。

〇要するに、国際秘密力は庶民に何を感受させ、認識させ、思考させるか(そして、させないか)で世界を支配していると言える。だから、認識活動そのものである「受」と「想」を操作するのが根本。受と想の次には「思」=意志をも操作する。唯識の心所リストを眺めると洗脳工作が働く全領域を俯瞰できる。

〇唯識では、眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識という「心王」(しんのう)と、貪瞋癡など煩悩の心所や無貪無瞋無癡の善の心所など「心所」(しんじょ)の組み合わせで心=識の構造を説明する。心王とは心の要素の中心。心所とは心王に付随する心作用である。心王と心所が相応する。

〇唯識の心王心所論の原型は部派仏教の説一切有部の心・心所論だと思われる。説一切有部を批判する事で中観派の空の哲学が完成し、空を踏まえた上で、説一切有部のアビダルマを再構成したものが唯識である。唯識とはいわば大乗のアビダルマである。アビダルマとは経・律・論の三蔵の中の論の事である。

〇唯識は最初ちんぷんかんぷんでよく分からなかったが、興福寺僧侶が書いた「唯識 こころの哲学―唯識三十頌を読む」という解説書を読んだら概要がつかめてきた。興味があられる方がおられたらお勧めする。心理や洗脳の分析はフロイトやユング(彼ら自体が罠だから)ではなく唯識を応用して分析したい。

〇唯識とフロイトでは、深層心理に対する捉え方が異なる。フロイトは表層意識と対立す深層心理はドロドロした動物的衝動が渦巻く領域という捉え方だと思うが、唯識では、深層心理は表層意識のあり方次第で善にも悪にもなり、深層心理自体は価値的に無記だと見る。唯識の捉え方の方が合理的だと感じる。

フロイトはタヴィストック理論に多大な影響を与え、ユングはグノーシスや錬金術など秘密結社と密接な理論なので、彼らの理論自体が国際秘密力の思想ツールと言える。従って秘密力の心理戦術や洗脳工作を分析する場合には彼らの理論をも俯瞰して見ないといけない。だから日本に根付いた唯識理論を使う。

〇「なんでこやつは唯識の話ばかりしているのだ?」と疑問に思われた方もいるかもしれないが、唯識の理論をよく使っているのは今述べた理由による。フロイトやユングに対抗しうる日本及び東洋の知的遺産を「破国際秘密力」に応用したいという意図である。この古代心理学は現代でも通用すると考えている。

〇それそのものが国際秘密力の思想ツールであるフロイトやユングを相対化し、日本人として自前の立脚地に基づいて彼らの心理戦術を分析する場合、唯識理論は極めて貴重な「視点」「枠組み」「武器」となると考える。唯識は奈良時代から日本に根付く伝統なのである。活用させて頂かない手はない。

〇前にも何度も書いているが思想や哲学は世界をどう解釈するかという「世界観モデル」に過ぎないと考えている。世界を分析する為の「枠組み」である。したがって、特定の思想哲学を絶対化する事は危ない。唯識もそういう態度で活用している。何より唯識自身がそういう態度なのである。そこがよいと思う。

〇つまり、フロイトやユングなど国際秘密力系の心理理論を相対化する為に唯識の視点・枠組みを活用するという事である。

「六根清浄」とは感覚器官と感覚対象の接触に気をつけよという合理的な、原始仏典以来の教訓の日本での呼び方。日本では仏教だけではなく神道でも使う。だが、仏教全般に言えるが、後代になるほど大げさな信仰的意味に改釈する傾向が出てくる。特に日蓮系はその傾向が強い。この点、注意が必要である。

〇明治以後は「信仰」を強調する鎌倉仏教ばかりが強調される。だが、鎌倉仏教とは初期の仏教からすると、後代になりかなり変形を被っている。顕著な特徴は信仰の強調と、論理性の著しい衰退である。論理性が衰退すると容易に憑依を許す。仏教系新興宗教に日蓮系が多いのは決して偶然ではないと考える。

〇明治以後の、唯識学や倶舎論、因明=論理学の学習の衰退と、鎌倉仏教の強調はセットなのかもしれない。論理的な学問が衰退して以後、一神教や神智学による憑依型戦術を受けやすくなった。日蓮系は元々一神教的なので「相性」がよいはずだ。田中智学の法華経ワンワード思想などが典型である。

〇憑依型戦術の(負の)二重効果①伝統そのものが乗っ取られる事。これは言うまでもない。②乗っ取られ意味が改変された結果、改変されていない元々の伝統にも嫌悪感をもたらすようになる。憑依型戦術により伝統の乗っ取りによる文化支配と現地人の自国の伝統からの引き離しが同時に実現するのである。

憑依型戦術の結果、伝統を改竄した結果成立したカルト・新興宗教の類に取り込むか、自国の伝統自体に嫌悪感を持つように仕向け、伝統を捨てさせるのである。伝統を取っとるか、捨てさせるか。いずれにしても「破壊」という結果である。これはNWOを目指す国際秘密力にとって「望ましい」結果である。

〇憑依型戦術は伝統を改竄し乗っ取るのみならず、人々に自国の伝統に嫌悪感を抱かせるよう仕向ける。二重の意味で破壊的なのである。伝統思想破壊プロセス①思想を構成する基本的単語を剽窃し意味を改竄②思想そのものを改竄③乗っ取り完了④カルトが乗っ取った為に人は本来の伝統にも不信と嫌悪を持つ。

〇「神」といえば一神教的な意味となりキリスト教的な神道系新興宗教が台頭、元々江戸時代までは仏教に対する一般的呼称だった「仏法」という名詞が創価用語のようになってしまうなど。結果、文化改竄によるカルト支配が成立し、同時に普通の日本人を伝統的な神道や仏教から(ある程度)引き離す効果。

〇今や「仏法」がどうとか言えば創価と疑われる可能性が高い。しかし、江戸時代までは今で言う「仏教」を「仏道」や「仏法」と呼称していた。しかし、今や後者は創価用語みたいになってしまった。つまり江戸時代までは常識だった「仏法」という単語が封じられたのである。これが「引き離し効果」である。

〇裏天皇説も同じである。ロスチャイルドと堀川辰吉郎の血族が「裏天皇」で日本を裏から支配しているという説を信じた場合二つの態度が出る。「ロスチャイルドこそが日本の主」とする態度と、「ロスの所有物である日本なんか破壊してしまえ」という態度である。「服従」と「引き離し」の二重効果である。

〇国際秘密力がある国の文化を乗っ取り破壊する場合、胡散臭いカルトやオカルト団体を作り、その国の伝統的用語を改竄し多用させるようにする。その現象を好意的に受け取った現地人はカルトやオカルト団体を通じて背後者に服従し、好意的でない現地人は自国の伝統自体に不信と嫌悪を持ち始めるのである。

〇スリランカに進出した神智学協会は、現地の上座仏教に接近し、西洋のキリスト教文化に対抗してスリランカ独自の仏教文化を擁護するポーズを取った。メーソン員で神智学協会トップのヘンリー・オルコットは、上座部仏教の擁護者として現地で評価されていると聞く。スリランカで実行された憑依型戦術だ。

〇だが、仏教は神秘主義と相容れるものではない。ヘンリー・オルコットのように神智学などオカルトを信奉しながら、同時に上座部仏教を信じるというのは矛盾しており、本来ありえないのである。仏陀はオカルトや形而上学の類に耽る事を禁じた。「無記」の立場と神智学の形而上学的独断は相容れないのだ。

〇上座部仏教の「ヴィパッサナー」という、現象を観察する瞑想法が、グローバル企業の幹部教育の為に「マインドフルネス」として取り入れられているらしい。ヴィパッサナーは日本や支那の仏教でも「止観行」の「観」の行として知られている。だが、西洋の支配層がやると全部うさん臭くなるのである。

〇伝統を改竄して服従させる工作から漏れた者に用意されているのが、大東社系の「革命型戦術」である。つまり、無国境主義的な左翼化工作である。「自国の伝統もろとも全部爆破してしまえ」という方向への誘導である。これもフランス革命以来の戦術である。乗っ取るか、破壊するか、の両建戦術である。

〇結局これが「左右両建構造」に繋がるのである。憑依型戦術により改竄された伝統に服従した者が「右翼」とされ、改竄されていない本来の伝統もろとも全部破壊してしまう方向へ誘導された者は「左翼」とされるのである。反日右翼はカルトと繋がりが深く、反日左翼は日本そのものが大嫌い。これが具体例。

〇国際秘密力は憑依型戦術革命型戦術を使い分けて威力を発揮する。日本で言えばカルトと密接な清和会ネオコン一味だけではなく、人工芝横文字左翼一味もいてこそ支配が盤石になる。逆に言えば支配を突き崩すには両建構造の根源そのものを打破する必要がある。左右両建プロレスをする暇は無いのである。

〇見たところ、「裏天皇」説は伝統改竄工作で日本を服従させたい勢力と日本そのものを破壊したい勢力の両極が信奉しているようだ。前者は欧州系勢力をバックとする大本教勢力、英国系フリーメイソン員、フリーメイソン化した神道関係者などだと見る。後者はキリスト教原理主義系の陰謀論者などである。

〇クリスチャン系の陰謀論者が何故「裏天皇説」を信じるかというと、日本に聖書信仰を押し付けてキリスト教化を狙う場合、日本そのものを限りなく醜悪かつ邪悪に描く史観が有効だからだろう。左翼の「自虐史観」と原理は同じだが、よりグロテスク化している。ちなみに横文字左翼の中心はプロテスタント。

〇大本系は日本雛形論のようなオカルト的「日本中心史観」でNWOに誘導するが、クリスチャン系はそのオカルト的日本中心史観をある意味そのまま受けつつ、それに対する価値判断を逆転させる。つまり、「日本が世界の邪悪の中心だ」という史観である。服従か破壊か。まさに秘密力の両建戦術に対応する。

「日本中心史観=愛国的」と思うのは大間違い。「贔屓の引き倒し」という言葉がある。「日本から世界の救世主が出る」という「予言」は一見、「日本上げ」に見えるが、実際には日本人にとって異質な救世主思想の押しつけなのである。「日本中心のNWO」も然り。NWO自体が日本人の発想にあらず。

「上げて落とす」やり方である。「日本中心史観」は日本人にとって悪い気はしない。だが、それが罠なのである。耳障りの良い「日本上げ」の中に、恐るべき毒が含まれているのである。メシア、世界の終末と新世界の出現、ワンワールド。こういう非日本的な妄想が日本礼賛を偽装して注入されるのである。

カルトがオカルト的「日本中心史観」で持ち上げているのは、実際には日本ではないのである。救世主思想終末論日猶同祖論世界統一=ワンワールド=NWO、こういった異質な要素を日本人に押し付けたい勢力を礼賛しているのである。日本人を騙すために「日本中心史観」に見せているだけである。

〇そこまでディープな領域ではなくとも、グローバル化推進論者が日本礼賛するのと基本的に同じである。日本礼賛して日本人を油断させつつ壊国するのである。これは今や売国奴のスタンダードな手法になっている。「保守」を偽装して「壊国」、「愛国」を偽装して「売国」である。「魔術」そのものである。

〇「苦しみの原因は執着である。執着を無くせば苦しみは消える。執着の原因は快と不快である。快と不快の原因は感受である。感受の原因は感覚器官と感覚対象との接触及び識別作用である。だから感覚器官と感覚対象の接触及び識別作用に気をつけよ。」。これが本来の仏教のエッセンスであると考える。

〇仏教では縁起を説くと言われる。実践的な場面で言うと「執着を原因として苦という結果があるという事である。これも縁起である。龍樹と説一切有部の間でも、苦・集・滅・道という四諦の理は、「実有でないと成り立たない」「いや、空でないと成り立たない」という形で論争が行なわれている。

〇これは龍樹に軍配が上がるのではないだろうか?「苦」が原因条件に依存しない、それ自体で存在する「実有」なら、どんなに執着を無くす努力をしても消えないという事になるからだ。一方、「苦」が執着という原因に依存して生起する「空」なるものであれば、執着の克服が苦の消滅を結果すると言える。

〇後代で言うように特定の聖典や経典を信仰したら「六根清浄」になるという問題ではないのである。経典は目で見、耳で聞き、手で触れ、観念的にイメージする対象。つまり、眼識・耳識・身識・意識の対象である(色・声・触・法)。特定の聖典を絶対視して執着する事自体が「六根清浄」と反すると言える。

〇要するに「信仰」の問題ではなく、「感覚器官=六根と感覚対象=六境の接触が執着の原因となるから、まずもって感官に気をつけよ」という執着発生のメカニズム(これも縁起)を冷静に観察した結果導き出された極々合理的な教訓なのである。「このお経を読んだら六根清浄になる」なんていう話ではない。

〇原始仏典では「六つの感覚対象への執着を離れたら、それが苦しみの消滅だ」と言っているだけである。これは当たり前の道理である。例えば100円ショップで買った皿が割れた場合と100万円の高級陶磁器が割れた場合とでは前者の場合の方が苦しみが少ないはずである。理由は執着が少ないからである。

〇「では執着してはならないのなら物を壊すといいのか?」は短絡。対象を嫌悪して破壊するのも執着なのである。対象に愛執する事のみならず、対象を嫌悪し破壊する事も執着。快なる対象には愛執、不快なる対象には嫌悪。執着はこの二方向。一神教原理主義者が石造や文化財を破壊するのも執着なのである。

〇歴史上の仏陀は「苦しみの原因は執着である。執着が無い時は苦しみも無い」というシンプルな縁起の法則の発見者である。特定の教義や聖典、儀式を信奉する事を説いたのではない。あくまで人間の現実に即しての道理を説いたのである。だから「まのあたり即時に実現され、時を要しない法」と言っている。

〇いくら万巻の経典を読んだとしても執着を自制できなければ「苦」は克服できない訳で何の意味も無いという事になるのである。宗教的・哲学的断定も同じくである。仏陀は形而上学的断定に固執する事を「ゆらぐものにたよる平安」として避けている。形而上学的断定は論争を生み心をざわつかせるのである。

〇「苦しみの原因は執着である。執着を無くせば苦しみは消える」。どこにも神秘はない、ごくごく当たり前の道理である。日本古来言い古されてきた「六根清浄」も信仰的に解釈するより、普通の道理に沿って解釈した方が洗脳防止策としても現代に活かせるのではないか。洗脳情報も感官から入るからである。

〇「六根清浄」は日本古来神道仏教全般で言い古されてきた用語なので、手垢もこびり付いている。洗脳防止策として現代に役立てる為には、宗教的信仰的改釈を避け、理に適った解釈をする必要がある。その為には原始仏教まで遡って本来の意味をかなりしつこく掘り下げ、説明する必要があった。

〇「六根清浄」というが「六根」という感覚器官に本当は清浄も不浄も無いのである。感覚器官が感覚対象に接触し、それが快と不快(あるいは楽と苦)をもたらし、快と不快に対して、「貪欲」と「嫌悪」という順逆二方向の執着を生じる。要するに問題は感覚器官ではなくて「執着」を生じる心なのである。

〇したがって、感覚器官=六根と感覚対象=六境の接触に気を付けて、それらを自覚する事で心理的な悪影響を防止する。これが「破タヴィストック戦術」の基本的方針になりうると考える。要するに言いたいことはここである。自覚して気を付ける事。何でもないようだが非常に大切だと考える次第である。

〇「気をつけること」は大事だ。スッタニパータ1035 師は答えた、「アジタよ。世の中におけるあらゆる煩悩の流れをせき止めるものは、気をつけることである。(気をつけることが)煩悩の流れを防ぎまもるものでのである、とわたしは説く。その流れは智慧によって塞がれるであろう。

〇「世の中におけるあらゆる洗脳工作の流れをせき止めるものは、気をつけることである。(気をつけることが)洗脳工作の流れを防ぎまもるものでのである」と言い換えると、そのまま洗脳防止策に転用可能。「気を付けること」非常にシンプルだが、「煩悩の流れ」をもせき止めるのである。洗脳もしかりだ。

〇結局これが言いたかったm(_ _)m

〇仏教のエッセンスとして「感受作用と識別作用に気をつけよ」を挙げた。感受作用と並び識別作用を挙げるのは、人が何かを感受する場合同時に言葉を伴う識別作用も働いている事が大半だからである。人の認識では視覚や聴覚、触覚等が働くと同時に、その感覚の複合に名称を与えて個物として識別している。

〇「六根=眼耳鼻舌身意」というが、最後の「意」とは五感と同時に働いて五感を明瞭にする作用とともに、対象に言葉を付与して識別する作用をも意味する。判断や推理、思考なども含める。感受作用と識別作用を合わせて六識である。特に「意」の対象は広い。イメージした空想や想像上の事物も対象とする。

〇「五感と同時に働いて五感を明瞭にする」とは対象に注意を向ける事。意識を向けていないと、例え五感が捉えても「見れども見えず」という状態である。「言葉を付与する識別作用」とは、例えば、「赤い、丸い=眼識」「ざらざらした=身識」それを「りんご」として他の事物と区別して認識する事である。

〇六根=眼耳鼻舌身意というものの、最後の意だけは特殊で物質的な感覚器官はなく、精神的な識別作用である。五感と共に働いて明瞭にしたり、何かをイメージ(表象)したり、対象を言葉で識別したり、判断や思考をする。だが、意も前五識=五感と同じでなんらかの「対象」を持つ。だから全部で「六根」。

〇眼耳鼻舌身意の中で眼耳鼻舌身の前五識=五感は色・形、音、匂い、味、手触りなど、対象が固定している。だが、意だけは特殊。意の対象はそれこそ森羅万象に及ぶ。宇宙の果てや極微の物質、空想上の生物や形而上学的理念などまで、実在非実在に関わらず全て思い浮かぶものは「対象」(法)として扱う。

〇仏教は「迷い」が生まれる過程を十二縁起無明・行・識・名色・六入・触・受・愛・取・有・生・老死)として図式化している。感覚器官と対象の接触(六入・触)の前に「識=識別作用」と「名色」(名称と形態)がきているのは、感覚対象は識別作用を伴わないと明瞭にならないからだと解釈している。

〇印度哲学では、個物の事を「名称と形態」と言うようだ。人が認識する事物は眼識=視覚によって捉えられる「形態」と意識=識別作用によって付与される「名称」から成っているという事だろう。廣松渉が言う「所与を所識として認識する」という「対象の二肢的二重性」もこの事を言っていると思われる。

https://twitter.com/kikuchi_8/status/726087850249195520

(了)

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by kokusai_seikei | 2016-06-20 22:28 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:国際秘密力とは「魔道」の者の集まり


〇国際秘密力の連中は本当に悪知恵だけはよく働く。支配欲の為に莫大なコストをかけ、高度な知識や技術をつぎ込む。なんであの連中はそこまでして人を支配したいのか?「我欲に支配されている」のは己らだと気付かない愚者の集まりである。馬鹿に世界をいい様にさせてたまるか。破国際秘密力あるのみ。

〇そういえば、国際秘密力が東洋の思想を換骨奪胎する場合、欲、中でも「支配欲」と抵触する倫理的教えを除去する。例えば、仏教で説く「無我」とは実践的には「執着しない」「我執に囚われない」という意味だが、秘密力が憑依すると「意識を拡張する」(LSDなど薬物も使用)という逆の方向性になる。

国際秘密力が伝統思想を改竄する場合、「世界を支配する」という過大な欲望と抵触する「無我」「少欲知足」など、過剰な欲望を自制する東洋の伝統的な教えを除去する傾向がある。「霊性が進化する」とか「意識が拡張する」とか「神と合一する」とか、どこまでも自意識を肥大化させる方向性である。

「妄執」という毒矢に心を射られ欲望を求めてやむことが無い者は不自由である。「妄執」という毒矢を心から引き抜いた者は自由である。と考える。国際秘密力は全てを「自由」にせんと我欲に突き動かされているが、実は不自由な者達。こういう単純な道理が分からない以上、思想哲学を極めても無意味だ。

〇俗に「天狗になる」というがこれは深い意味がある。天狗とは知識を修めるが慢心を生じ魔道に落ちた僧や修験者のこと。深く学問を修めるが、驕慢心を生じ、仏道からそれた者の姿を中世の日本人はそう呼んだのだ。「知を極めた無道者」という人物像は道理を欠いた西洋の魔術師、秘密結社員の姿と重なる。

「無道な知恵者」これ程危険な存在はない。知識や技術つまり力を持ちながら倫理的に縛るものが無いのである。謂わば抜身の刀に等しい。昔の僧は単なる宗教者ではない。高度な知識や技術を保持した知識人技術者でもあった。だからこそ仏道という倫理的縛りがなければ厄災をもたらす「天狗」と言われた。

〇西洋の秘密結社の魔術師は人間の心理を操るなど高度な知識や技術を持っている。しかし、彼らには倫理的縛りが無い。こういう連中が蠢いて世の中を裏から支配している状況がいかに危険なことか。彼らは日本中世の「天狗」と同じだが「魔道に堕ちた」というより最初から「魔道に棲む」「天狗」と言える。

〇「膨大な知識を修めるものの驕慢心を生じ魔道に落ちた無道の者」という「天狗」の人物像は、無限の知識を追い求め「魔」に魅入られたファウスト博士の人物像に似ている。ファウスト博士は西洋の秘密結社員の理想像である。彼らは知的好奇心や知への飽くなき欲求はある。しかし、モラルが無いのである。

〇中世の日本人は膨大な知識を持ちながら驕慢の為に魔道に落ちた僧や修験者を「天狗」と呼んだ。高度な知識や技術は道理に沿って世の為人の為に使ってこそ価値がある。だが、高度な知識や技術を持ちながら我欲を満たす為や他者を傷つける為に使っている連中がいる。道理を欠いた知識・技術は凶器である。

〇高度な心理戦術による洗脳支配、環境の兵器化など国際秘密力による科学技術を悪用した蛮行を考えるにつけ、「道義無き技術は凶器」だと痛感する。能の演目に「車僧」というのがある。知に驕った愛宕山に棲む太郎坊という天狗が車僧と呼ばれる名僧に戦いを挑み退治される話である。日本人が車僧になる。

原始仏典を見ると、難しい哲学を学ぶことより、とにかく貪欲や憎悪、驕慢など妄執を無くせと言う事が中心的に説かれている。つまり、本来仏教は倫理が中心の教えなのである。高度な思想や哲学、技術を学んでも、それに固執するだけで、真っ当な倫理道徳がなおざりになれば、それは本末転倒なのである。

〇「知識はあるが、煩悩に憑りつかれていれば天狗」という日本人の観念は、日本人が仏教を正確に受容していたことを証明している。仏教の知識や思想哲学上の知識、高度な技術があっても、煩悩に憑りつかれ「妄執の克服」という実践がなされていないなら、無道者とされたのである。

〇結局何が言いたいかというと、「人の道に反しながら高度な知識や技術を悪用する国際秘密力の連中よ、貴様たちは本当の知恵者でも何でもないのだ、驕るな、いい加減にしろ」という事である。日本人の基準ではあの連中は「天狗」なのである。そして車僧の様な正道を歩む者に退治されるピエロなのである。

〇【 車僧(くるまぞう) 中世社会のダークサイド“魔道”。世界の背後に潜む天狗たちの、しかし惨めで間抜けな失敗譚。】
http://www.tessen.org/dictionary/explain/kurumazoh

東洋では一般的に倫理道徳と宗教、学問が一体となっている。倫理道徳の実践そのものが宗教や学問だったりする。江戸時代の学問とは倫理学が中心だった。西洋では基本的にこれらが分かれている。だから倫理道徳に反する宗教的大量虐殺や知識技術を悪用した非人道的な支配戦術等が出てくるのではないか。

〇神道の正直・清浄の実践、仏教の法=ダルマの実践、儒学の仁義道徳の実践、道家の無為自然による無欲の実践、等々。東洋の思想は単なる知的学問ではなく、倫理的実践と切り離せない。思想学問が倫理道徳と切り離されると「魔道」に落ちる、と中世の日本人は考えた。これが西洋魔術師と同類の「天狗」。

〇華厳の事事無礙法界という難解な哲学なども結局は実践に帰する。つまり「我も人なり、彼も人なり」と彼我に「人」という共通項(理)を見つけ(理事無礙)、他者に対して思いやりをもって接する事で現成する調和した状態=和、という事だと考える。東洋思想では複雑な哲学も日常倫理の実践に帰する。

〇我と他人の共通点は「人」、我と人以外の生物の共通点は「生命」、我とモノの共通点は「存在している事」、と共通項=共相を突き詰めていくと存在の原理である「無常」「空」などに辿り着く。我と万有は根本の理で共通点があるから、自分を大事にする様に他も尊重しよう、という日常倫理が導かれる。

〇「空」という哲学も、「執着を離れる」「我執の克服」「他者に慈悲を持つ」という倫理道徳的実践と離れたものではない。倫理道徳から切り離された単なる形而上学的観想というものは東洋思想の性質ではない。中世の日本人が言ったように、難しいだけの思想哲学で倫理道徳が欠如すれば「天狗道」である。

〇忍者の「忍」という字は「心に刃を当てる」という意味だと何かで読んだことがある。つまり、忍術とは強力だが、実質的に偸盗の術(盗賊の術)と変わらないから、忍びの者の心に仏道によって錠前を掛けたのだと。この錠前を解除したのが「天狗」と言える。大本系の丹波忍者が天狗と近しいのも頷ける。


https://twitter.com/kikuchi_8/statuses/725457408890277888


(了)


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by kokusai_seikei | 2016-06-20 07:47 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:陰謀論界における「黒幕猶太説VS黒幕キリスト教説」対立構造から、死角の無い陰謀追及スタンスを考える


〇陰謀論界には「黒幕」を巡って「猶太説VSキリスト教説」という対立がある。個人的には「どちらも全力で追及」というスタンスを取る。そうすれば、猶太でも耶蘇でもそれ以外の何かが黒幕でも、「破黒幕」という結論に変わりはなくなるからである。何が来ようと全方位対応できる柔軟性を重視する。

左翼右翼両建構造への対処法は「両方追及し、全力で根を叩く」。「猶太VS耶蘇」両建構造は左右両建構造の高度版であるが、対処方法は同じである。全方位目を配っておけば、死角を作ることも無く、またどこかの勢力を利する事も無いのである。

〇陰謀論は時事の分析が中心の情勢論的陰謀論と歴史的背景や思想の分析が中心の学究的陰謀論の2種類があるように思われる。これは車の両輪である。前者だけだと深度に欠ける。後者だけだと現実に対して無力。しかし。両方合わされば、深い深度にまで到達する、強力な現実的効果が得られるのではないか。

〇個人的には情勢論的陰謀論で明確に目に見える権力犯罪者を着実に追及しつつ、「真の黒幕」の特定や思想的歴史的な解析は後者で慎重に行う、というやり方を取る。情勢が緊迫し急激に動いている時は前者に力を入れるが、少し情勢が膠着したり比較的落ち着いている時は後者に力を入れる事も多くなる。

https://twitter.com/kikuchi_8/statuses/724734550262177792

(了)

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by kokusai_seikei | 2016-06-20 07:35 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(1)

ツイートまとめ テーマ:本当は国を守る気が無い自称愛国者(正体は工作員)について


自称愛国者は「人工地震」の存在自体を頑なに否定する。祖国日本が人工地震で攻撃されうるという可能性自体を最初から排除している訳である。この連中の「日本を守りたい」が大嘘であることが分かる。愛国者を偽装した反日売国勢力が守っているのは日本以外の何かである。偽愛国者は日本から逐電せよ。

本当に「日本を守る」と言うなら、祖国が攻撃されるあらゆる可能性を想定するのが当然である。しかし、偽愛国者は現実に存在が証明されている「人工地震」だけは、問題提起や可能性に言及すること自体を忌避する(断定せずとも湧くのがその証拠)。愛国者を偽装して対日工作を行うのは彼らの常套手段。

〇最近の日本はナショナリズムが高揚しているように見えるので「愛国者」を偽装した方が対日工作が行いやすいという事だろう。戦後に日本共産党の「権威」が強かった時期に多くの知識人が日本共産党シンパのスタンスを取ったのと同じである。愛国者を偽装するか、国際主義丸出しで来るかの違いしかない。

#テロリストあるある 「可能性」や「問題提起」含め、とにかく「人工地震」に言及する人が許せない。

https://twitter.com/kikuchi_8/statuses/724268580158627842

(了)

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by kokusai_seikei | 2016-06-02 07:37 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:不可解な自衛隊機墜落事故

〇墜落した自衛隊機に搭乗していた隊員を運ぶのに何故防護服を着る必要が?航空幕僚監部の発表も最初「六人全員発見」と言っていたのが、後で「一人発見」に訂正されるなど色々不可解な事が多い。この自衛隊機墜落の件も注意しておくべきである。
http://www.asahi.com/articles/ASJ483DFJJ48TIPE00J.html

〇ボストンマラソン爆弾テロの「容疑者」を逮捕した捜査官が訓練中の「事故」で死亡したり、パキスタンでの自称「ビンラディン暗殺」作戦に参加した米海軍特殊部隊シールズの隊員が搭乗していたヘリコプターが墜落して死亡した事例と、今回の自衛隊機の墜落に同じ匂いを感じてならない。要注意・要検証。

〇「何らかの理由」でかなりの高度から落ちたと。引用:ボストン・マラソンのテロ事件の主犯とされるタメルラン・ツァルナエフを逮捕した2人のFBIの職員が5月17日死亡していたことが発覚した。【ツァルナエフを逮捕したFBI員が死亡】
http://jp.sputniknews.com/japanese.ruvr.ru/2013_05_25/114220210/

〇引用:死亡したアメリカ兵の多くは海軍の特殊部隊「シールズ」のメンバーだと伝えています。「シールズ」は、ことし5月にパキスタンで国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者を殺害した作戦を行ったことで知られています。
http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/839.html


(了)

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by kokusai_seikei | 2016-06-02 07:33 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)