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フリーメイソンは古代密儀宗教と神秘主義と近代合理主義の複合体

フリーメイソンは古代密儀宗教と神秘主義と近代合理主義の複合体だという暫定的結論を得た。これらに共通するのは「始原=アルケー」(「フリーメイソン」吉村正和著参照)を求める志向性である。言い換えると実体主義だと言える。したがって実体主義を破ることはフリーメイソンを破ることである。「始原」を外国や観念的理想など特定の地点に設定しそこに隷属化し日本を「始原」に対して同一化させようとするのがいわゆる「左翼」である。彼らは「始原」に隷属する権威主義者である。しかし始原などどこにも存在しない。万有は関係的にしか成立しない。実体的な始原などどこにもありはしないのだ。


神道や仏教に「始原」観念はない。全ては生成されるもの(ムスビ)関係的に成立するもの(縁起)。「始原」という観念は因果関係を実体化した錯視の産物である。その「始原」を飽くまでも追求しているのが西洋の秘密結社である。「始原」は「本来的あるべき秩序」とされ「ワンワールド」が志向される。20世紀に入ってからは異なる傾向も出てくるが、基本的に西洋の伝統には合理主義はないと思う。プラトンのイデア説から始まって「実体」という不合理な概念を前提にしている西洋思想の伝統は非合理的である。「理に合わない」ものを前提にする西洋思想に本当の意味での合理主義はない。


「実体」という不合理な前提から出発する西洋思想は非合理主義である。しかし主観客観の二元対立と対象の要素還元主義的把握という「近代合理主義」という特殊なドグマならある。これは方便としてなら諒とされようが方便が方便とされないから問題であるのである。無意識に西洋人の偏見と願望に思考を同調化させ(共同主観化?)「日本人は非合理的」としたり顔で言う者がいるがキリスト教や新プラトン主義、近代合理主義、理性崇拝、唯物論等々「実体主義」に固執してきた西洋のどこに「合理」があるのかさっぱりわからない。西洋文明自体が迷信の集合体に見える。西洋文明の生み出した数々の「実体」迷信を集積するセンターがどうやらフリーメイソンのようである。したがってフリーメイソン批判は西洋批判そのものとなる。神秘主義も啓蒙主義も「実体」迷信ということで括れる。「始原」に向かってすべてを一元化せんとする衝動ここに西洋の暴力の根源がある。



(了)


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by kokusai_seikei | 2015-04-21 11:18 | 思想哲学解析 | Trackback | Comments(0)