カテゴリ:陰謀史( 12 )

大本教と戦前右翼勢力の関係から見るNWO勢力の両建構造

随分前に読んだ「三島由紀夫の226事件」松本健一著という本をなんとなく
読み返していたら、昭和裏面史の観点から興味深い事実を発見した。

それは戦前の右翼勢力と大本教の関係に関する北一輝の証言である。
北一輝は226事件に際して政府に拘束されたが、警視庁における陳述の中で
戦前の右翼勢力と大本教がどのような関係にあったかを考えるのに非常に
参考になる証言をしている。



順次引用しつつコメントしていく。

大本教を私が直接最初に知りましたのは大正9年のことでありまして、
私どもは国家改造と云ふ事を考えて居りますし、大本教は同じ意味で
建替へ、建直しと申して居るさうであります。其の間にお互ひに共通点
があるのではないかと考へまして、大本教の人々が参りましたので、
出口王仁三郎氏に上京して吾々と会見する様に話しました処、
昭和九年八、九月頃思ひますが、出口が上京したので、私、大川周明、
満川亀太郎の三人で始めて同人と会ひました

「三島由紀夫の226事件」松本健一著p63より引用


この北一輝の証言によれば、北らは積極的に出口と会見しようとしているが、
最初は大本教の方から北らの猶存社近づいていることが見て取れる。
ある政治勢力や政治グループが目立ってくると新興宗教が近づいてくるという
パターンは戦後に広くみられるわけだが、その原型は上記のような大本教が
戦前右翼に近づいたやり方にあるのかもしれない。
カルト・新興宗教の手口を究明するのに、同時代的な証言だけでは「陰謀論」と
片づけられやすいが、このような歴史的資料を参照する事で現代を映す鏡とする
ことができるのではないだろうか。

大川は私と出口との会談を見て、只一回で出口は下劣な取るに足らぬやつだと
断定しまして、私等に向かっても再び会見の必要なしと申した位で、私も変な姿の
様な印象丈けを残して其の後は心に止めない様にして居りました

「三島由紀夫の226事件」松本健一著p65より引用

これを読む限り、大川周明は出口王仁三郎に対して「下劣な取るに足らぬやつ」と
酷評している。これは、渡部悌治先生の「ユダヤは日本に何をしたか」にある
「出口との会見時、大川は肩を怒らして出口を睨みつけていた」という記述と
符合する。大川はどうも出口を嫌っていたらしい。この事を分析するに、大川は
3月事件のような統制派系のクーデター計画に関わっているように、皇道派より統制派
と気質的に近かった
ことがあると思う。一方出口王仁三郎の大本教は皇道派と近い関係
にあった。
この大川の出口に対する態度に、その後の「統制派VS皇道派」という軍部内の
両建的対立構造
が垣間見えるようだ。

大川はキリスト教によって宗教に目覚めたと言っていてキリスト教社会主義に
傾倒していたし、フリーメイソン系の思想家であるポール・リシャールと交流が
あったし、猶存社解散後に作った行地社の綱領には「自由・平等・友愛」が
掲げられていたことを考えると、出口を嫌っていたと言っても、
別系統のメーソン系の思想家だと思う。
なお渡部悌治先生によると、大川は
上海の猶太財閥に出入りしていたとの事である。


大川は満川亀太郎と並びロシア革命によって作られたソ連についても当初好意的であった。
ソ連外交官ヨッフェ来朝運動も推進している(この動きの背後には後藤新平がいたようだ)。
大川は容共的なところがある。社会改革論においては一時は「マルクスを吾師」としたと
言っているが、のちに日本主義者になっても、容共的なスタンスは残ったようだ。
共産主義は
理性の力で国家をゼロから設計・構築可能とする理性崇拝のイルミナティ思想の系列
であるが、
出口王仁三郎が典型的なオカルティストだとするならば、大川は理性主義的な国家改造を目指す
イルミナティ系統の思想家、と言えるかもしれない。
「国家を改造する」という思想・表現自体が既にしてイルミナティ思想的である)
大川は宗教に傾倒する宗教学者だが、神がかり的な所は無い。どちからというと合理主義的な
傾向が強い。それはこのその説くところの国家改造論にも表れている(皇道派的な神政復古思想
ではなく、統制経済的な国家社会主義体制の樹立を理想とした。ここが統制派との接点だろう)。
アダム・ヴァイスハウプトがメーソンのオカルティストを口を極めて罵倒していたのと、
大川が王仁三郎を「下劣な取るに足らぬやつ」と酷評したのはどこか通じるものがある気がする。

大川の軍部内で付き合う者達も、皇道思想に燃える青年将校ではなく、中堅以上の官僚的な
陸軍大学出のエリート高級軍人が多い。のちの統制派である。
この辺りは主に農村出身の青年将校に主な信奉者を得た北一輝と対照的である。
(もっとも、政治思想的には本質的に国家社会主義あるいは社会民主主義であった北一輝と、
皇道思想を信奉する青年将校は同床異夢であった)

行地社の綱領「一.維新日本の建設 一.国民的理想に確立 
一.精神世界に於ける自由の実現 一.政治生活に於ける平等の実現
一.経済生活に於ける友愛の実現 一.有色民族の解放
一.世界の道義的統一
「自由・平等・友愛」と「世界統一」というフリーメイソン思想がもれなく
盛り込まれている。愛国団体の綱領には見えない。



一方の北一輝は渡部悌治先生の前掲書には(出口王仁三郎に対して)「北は大げさな
身振りで恭しく三拝の礼をとっていたという。」と書かれているように王仁三郎に対して
表面上は恭しく接していた様子が分かる。北一輝はある意味、出口王仁三郎に匹敵する
オカルト的カリスマ
であり、「僕は支那に生まれていたら天子に成れると思った」と
豪語するような野心家で、要するに出口と同じ教祖的存在なので出口と張り合いこそすれ、
出口の軍門に下るタマでは無かったと思われる。が、この真意を隠した恭しい態度は
直情型の大川と違い、いかにも「魔王」(北のあだ名)らしい面妖な「腹芸」と言える。
王仁三郎が神道系オカルティストなのに対し、北は日蓮系オカルティストという違いもある
のでお互い利用する関係でありつつも結局「鬼」と「魔王」は並び立たなかった、と思われる。
北一輝は大本教から「日本改造法案大綱」の出版費用を引き出しているという噂もあったそうだ。
ともあれ、この興味深い「鬼」と「魔王」の邂逅は近代日本裏面史のある種のハイライト
と言えるかもしれない。

北一輝は「日本改造法案大綱」の緒言にて次のように書いている。
欧米革命論の権威等ことごとくその浅薄皮相の哲学に立脚してついに「剣の福音」を悟得するあたわざる時、高遠なるアジア文明のギリシアは率先それみずからの精神に築かれたる国家改造を終ると共に、アジア聯盟の義旗を翻して真個到来すべき世界聯邦の牛耳を把り、もって四海同胞みなこれ仏子の天道を宣布して東西にその範を垂るべし。


アジア聯盟の義旗を翻して真個到来すべき世界聯邦の牛耳を把り、
もって四海同胞みなこれ仏子の天道を宣布

と書いており、亜細亜連盟から世界連邦設立を最終目的としていることが分かる。
「四海同胞みなこれ仏子
」というのは北の法華経信仰から導き出された法華経NWO思想
ではないだろうか。最終的に世界連邦設立を目指している北一輝はこの点において
基本的に出口王仁三郎と変わるところはないと言える。
東亜連盟設立から日米の「世界最終戦争」を経て、世界統一を目指す石原完爾の
日蓮主義的なNWO思想も同断である。渡部悌治先生によると石原完爾が設立した
東亜連盟はフリーメイソンと繋がっていたようだ。そもそも「東亜連盟」という
発想自体がメーソンと同じである。
先述の大川周明の行地社も綱領として「世界の道義的統一」を掲げていたが、北・大川・石原
という戦前右翼の有力な理論家達は「東亜連邦設立→世界連邦設立」という共通したビジョン
を持っていたようだ。

亜細亜主義は元々は東亜の諸国と組んで西洋列強を打ち払うという素朴な「拡大版攘夷思想」だったが、
時代が下るにつれて、段々と「亜細亜を一つにする」というフリーメイソン的な東亜連盟思想
に変質していった。
明治になって「攘夷」が「欧化」にすり替わったのに似ている。



引き続き引用。大本教が設立した昭和神聖会についての証言である。
大本教は改造請願運動といふ名前で、田中光顕、頭山満其の他愛国団体の
尊敬してゐる人々が筆頭になって全国的の運動を開始しますし、又右傾団体
の大多数も各自の立場から暴動的な運動に展開せしめ様と致して居りますし、
如何にも表面は皇室中心の国家改造運動であるかの如き偽装をして九年末から
十年の三、四月迄相当猛烈に一般を動かして来て居りました。私は各種の情報
に依って、其の運動資金の大半が悉く大本教から出て居る事を知りましたので、
私は事態容易ならざる事を恐れ戒めて居たのであります
。」
「三島由紀夫の226事件」松本健一著p73より引用


昭和神聖会運動とその周辺の国家改造運動の運動資金の大変を大本教が出していた
という事実を右翼陣営の内部にいた者として明かしている。これは貴重な証言である。
戦後派右翼が「統一協会系」
なのに対し、戦前派右翼が「大本教系」と考えている

が、そのことがこの北一輝の供述から裏書きされる様に思う。
大本教という当時の巨大な新興宗教団体が「国家改造」を掲げるあらゆる右傾団体
の背後におり、資金提供をしていた事実
である。昭和初期の右翼運動に対して
大本教団が大きな影響力を及ぼしていたことがこの北一輝の供述から分かる。

この傾向性というのは戦後にも引き継がれている。戦後右翼は冷戦と児玉誉志夫が米国
CIAの工作員だった影響を受けて反共・親米を専らとする
が、戦前右翼の系統はアジア主義
の系譜を受け継ぎ、反米的
である。
その反米右翼の活動家が大本教の系列の生長の家出身だったり、頭山満など
玄洋社の大物から可愛がられた堀川辰吉郎(世界連邦主義者・世界救世教最高顧問・
大本教の提携団体である紅卍字会会長)の子供を称する人物が反米系陰謀論の大家で
あったり、反米系の著名な経済評論家が大本教信者であるなど、
戦後右翼が安倍一味を筆頭に統一協会系で親米なのに対し、戦前派右翼の系譜は今も
大本教系で反米(かつ親欧州)の傾向が強いのである。
(もちろん両建構造で根っ子は同じであるから、例外はあるし、完全に綺麗に分かれて
いる訳ではない。おおよその目安である。例えば、安倍偽総理は大本教系の行事に参加しているし、
明恵夫人は出口王仁三郎に興味を持っているそうである

「反米系ならいいではないか?それこそが本物の愛国者だろう?」という疑問もあるかもしれないが、
ことはそう単純ではない。反米に見せつつ実は親欧州であり、ワンワールド主義化したアジア主義
(東亜連盟論=世界連邦東アジア支部)推進者
だったりするのだ。米国経由のワンワールドではなく、
欧州系列のワンワールド陣営である場合が多いのである。例えば、親米右翼の児玉誉志夫と対になる
反米右翼の巨頭である田中清玄はオットー大公のようなEUを主導した欧州人脈と近く、東亜共同体論
を持論としていたようである(田中をオットー大公に仲介したのが三井の大番頭池田成彬だそうだ。
三井と言えばロスチャイルド財閥と近いことがよく知られている。田中が全学連に資金提供したのは
よく知られた話である。一方で田中は論争ジャーナルという雑誌を援助し、そこに参加していた
若者達が三島由紀夫の盾の会に参加している。田中は盾の会に資金提供もしている。
左の全学連と右の盾の会両方を支援したことになる。「両建」を地で行っていると言える。)。

大本教は世界連邦運動を推進している。大本教の本拠地である京都府綾部市は昭和25年に日本初の
世界連邦都市宣言」をしている。さらに大本教の仲介で綾部市とエルサレム市が姉妹都市提携を
結んでいる。綾部市と大本教の関係は、天理市と天理教の関係と相似的だろうか。
あるいは米国ユタ州とモルモン教の関係。
http://www.asyura2.com/sora/bd5/msg/430.html


汎ヨーロッパ主義
を主唱し、EU運動を推進したクーデンホーフ・カレルギーと昵懇だった
のがフリーメイソンの鳩山一郎である。鳩山一郎は反米的な姿勢だったが、カレルギーとの
交流を見ても分かるように親欧州であり、汎ヨーロッパ主義を真似た東亜共同体論者でも
あったのだ。その思想をそっくり引き継いだのが孫の鳩山由紀夫氏である。
鳩山氏は米国批判では的を得た事も言うが、同時に欧州寄りのNWO主義者であることを
注意しておくべき
である。反米右翼と鳩山氏が接近する動きがあったのも印象的
だった(ともにクリミア訪問)。

ある政治家や言論者の反米的な言説はその部分だけを評価すべきであり、反米と同時に
世界連邦を主張している場合は、その人物の言説全部を鵜呑みにしてしまって取り込まれ
ない様にすべきである。例えば東京裁判の時のパル判事の法の良心に従った立派な判決を評価
すべきであって、パル判事の世界連邦言説まで受け入れる必要は無いのと同じである。
そういえば、東京裁判の主任弁護人である清瀬一郎は世界連邦思想に傾倒しており、
世界連邦日本国会委員会」の五代目会長だった。清瀬が書いた「秘録東京裁判」
を読んだ時、世界連邦に肯定的な記述があり、違和感を感じたのを覚えている。
これはパル判事に傾倒するあまりその思想まで影響を受けたのだろう。どのような人物
の言説評価も部分部分で評価すべきであって、一つの優れた言説を主張したからと言って、
他の主張まで妥当だとは限らない
のである。この当たり前の事実を意識していれば、
反米だからと言って親欧州ルートのNWOに誘導されることはないと思う次第である。


このように
一見反米だから反NWOに見えたりするが、親米とは別ルートでのNWO主義を推進して
いる場合がある
ので注意が必要である。吾人の見るところ、大本教系の戦前派はまさに世界連邦を
推進している、親米グローバリストとは別系統のNWO主義者
である。安倍一味以下ネオコン系の
親米派は米国中心のグローバリズムを推進するNWO主義者なのに対し、大本教系のNWO主義者
は親欧州派であり、欧州寄りの東亜連盟を推進
している。前者は目につきやすいが、後者は盲点
となりがちである。だが、この両者目指す所は「一つの世界=NWO」であり、行き着く先は同じである。
親米か親欧州か、どのルートで誘導するかの違いに過ぎない。欧州人脈も米国人脈も一年に一度
ビルダーバーグ会議に集結していることを見ても、根は一つなのだ。


まとめると、

戦後派右翼≒親米右翼≒統一協会系≒親米派≒従米主義≒グローバリズム推進。

戦前派右翼≒反米右翼≒大本教系≒親欧州派≒亜細亜主義≒東亜連盟論。

というおおよその公式が成り立つかもしれない。
米国流のグローバリズムも欧州流の世界連邦運動も、帰する所無国境主義的なNWO征略である。


この辺りについては以前次のように書いたことがある。

〇オーストリアの貴族でフリーメイソンのクーデンホーフ=カレルギーの影響を受けた鳩山一郎。カレルギーは後のEUに繋がる汎欧州運動の主導者の一人。鳩山家の「反米」というのは「親欧州」と言う事でもある。田中清玄はカレルギーと親交があった由。反米・親欧州・世界連邦派。大本教も世界連邦派。

〇鹿島守之助は汎欧州運動に共鳴し汎亜細亜運動を展開。田中清玄はこの鹿島守之助やカレルギーと親交を結び亜細亜連盟構想を持つ。鳩山由紀夫氏もこの系列。反米右翼と鳩山由紀夫氏が接近。反米の世界連邦路線VS親米のネオコン系軍事的グローバリズム路線の両建構造。弁証法的にワンワールドに誘導。

〇統一協会系のネオコンと違い、世界連邦派は見た目がスマートだし米国批判をするから警戒されにくい。ネオコンの乱暴者が暴れ、それを世界連邦派が批判する。誰が見てもネオコンは極悪の戦争屋だから「もっともだ」となる。そこで巧みに世界連邦に誘導。ヘーゲル弁証法の応用である両建戦術の具体相。

〇田中清玄は三井の番頭・池田成彬の紹介で、リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー、鹿島守之助、ハプスブルク家のオットー大公を紹介され親交を結んだ。ロスチャイルド系の三井・反米右翼の巨頭・汎欧州運動の欧州貴族。この辺の人脈が反米に見せた世界連邦派の中核だろう。鳩山家もそこに加わる。

〇リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーという母親が日本人のこの欧州貴族は非常に重要人物である。三井の池田成彬と繋がりがあり、鹿島守之助、鳩山一郎、田中清玄と言った世界連邦派に影響を与えている。鹿島の東亜連盟論や鳩山一郎のメーソン友愛思想。日本の要人をワンワールド派に巧みに洗脳。

〇鳩山由紀夫氏と反米右翼が何故共闘するのか?それは汎亜細亜論と亜細亜主義の一致だろう。戦前派右翼は亜細亜主義者が多い。一方、鳩山氏は祖父の鳩山一郎がクーデンホーフ・カレルギーの汎欧州主義の影響を受けている。東亜共同体論に繋がる発想である。反米だから反NWOとは限らない具体例である。

〇大本教信者の著名な反米系論客もいるが、大本教も世界連邦運動を推進している。なぜ反米だけでとどまらないのか?ネオコンによる軍事的グローバリズムに反対していながら、広域共同体の連結によるワンワールドには賛成という。ネオコン戦争屋は単なるダシでこっちが国際秘密力の本命にも見えるのだ。

〇鹿島守之助は大東亜共栄圏構想を唱えたが、クーデンホーフ・カレルギーの影響を受けたもののようだ。欧州のイデオローグにすっかり影響されて戦後も東亜共同体構想を推進。原発も推進。欧州系利権と共にあるような人物である。鹿島は中曽根と親戚。親米派と親欧州派は両建的同根一体なのである。

https://twitter.com/kikuchi_8/status/617716176567689221



このように「一つの世界=NWO」を目指す点で根を同じくする
「親米派VS反米派」という
両建構造があるので、常に複眼的に見ておかないと見誤る場合が多い。反米に見えるからと言って
反NWOとは限らないのである。注意すべきことである。

この辺りに気を配っていないと、反米愛国がいつの間にか別系統のNWOに誘導されてしまう
場合もありうる。親米は論外だが、反米にも罠が仕掛けられている場合があるので用心すべき
である。視点が偏ると誘導される。以前論じたように、
「左翼→統一→大本」の順番で誘導する工作員業界の円環構造があると見ている
つまり、戦後左翼に嫌気が指した人を統一系のフジサンケイ的又はネット右翼系言説が絡めとり、
そこを突破した人には大本教系の「保守」言説が待っている、という構造
である。
(これを個人的には「工作員業界の三重構造」と呼んでいる)
左翼を突破し、統一も突破したが、大本で絡めとられる場合も多いと思う。その挙句左翼
と同化してしまい振出しに戻る場合もある。「リベラル保守」などという鵺的スタンス
もあるようだ。

以前、以下のように書いたことがある。

〇「良識派の保守」を自認する人ほど左翼を批判しなくなる場合が多い気がする。単なる反左翼で、左翼「しか」批判しない親米保守・ネトウヨは問題だが、左翼を全く批判しないのもおかしい。左翼しか批判しないのと左翼を全く批判しないのも偏っている。前者が統一系、後者が大本系におおよそ分類できる。

〇単に反左翼冷戦脳なのが統一協会系保守・右翼で、左翼と同調すること=良識派保守・真の右翼と思っているかのようなのが大本教系保守、と分類している。確信犯のプロは別として、素人筋の場合、前者は右の売国が見抜けず、後者は左の売国が見抜けない傾向がある。カルトを叩き左右の売国を見破るべき。

〇統一系、大本系というのは別に信者とは限らない。主張の性質からおおよそどちらかのカルトの系列に分類できるということである。例えば、安倍一味が「保守に悖る」という批判は同感であるものの、左翼に褒められるために「保守」をやっているのでは?と見えてしまう某言論人が大本教に好意的だった。

〇工作員業界「統一→大本→左翼」三重構造で説明。①戦後左翼に疑問を持った人が「保守」に目覚めて統一系に②統一系保守・ネトウヨ言説に嫌気がさした人が「本物の保守」を自認し大本系に(この段階で当初持っていた左翼批判の視点はほぼ喪失している場合が多い)③左翼と同化。まるでウロボロスの輪。


https://twitter.com/kikuchi_8/status/657947714156556288



以上縷々述べてきたように、大本教系の右派が反米派に見せつつその実欧州系の世界連邦主義
の勢力と近い関係にあったりするのは、北一輝が供述しているように
戦前右翼勢力が大本教と
深い繋がりを持っていた事にも淵源の一つがあるのではないだろうか。そのように分析する。
その意味で北一輝が226事件時に警視庁でなした陳述内容は大変貴重な資料だと思った。


(了)

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by kokusai_seikei | 2015-12-12 07:08 | 陰謀史 | Trackback | Comments(0)

近現代史上の「日中対立」とは「英国フリーメイソンVS仏蘭西フリーメイソン」の両建対立

現在の日中対立に至る歴史的沿革を「大亜細亜主義」の分析をヒントに考えたみたい。一口に大亜細亜主義と言っても二種類あると思う。一つは孫文型。もう一つは章炳麟型。前者は、孫文はキリスト教を信仰・フリーメイソン的西欧型民主思想(孫文はブナイブリスの会員という説があるが、もし事実なら中国系猶太人ということになる)の三民主義。ちなみに孫文の後継者蒋介石もキリスト教の洗礼を受けた。

孫文型は思想を見てもわかるように西洋に妥協的であり基本的に世界連邦東亜支部としてのアジア主義である。南方熊楠の「願わくはわれわれ東洋人は一度西洋人を挙げてことごとく国境外へ放逐したきことなり」という言葉に畏れをなした孫文であった。後者の章炳麟型は考証学・老荘思想・唯識・華厳仏教という伝統思想に基づく伝統的攘夷思想。西洋に対する攘夷において扇の例えを用いて日中印の共闘を説くが伝統的民族主義だから東亜を一つに統合などという発想と無縁(満洲は漢民族の領土ではないと認識し、満洲民族は満洲に帰るべきと主張)。反西洋が主眼となる。

お互いに革命の三尊(孫文・章炳麟・黄興)と言われながら生涯に亘る論敵同士だった孫文と章炳麟。政治的には孫文の路線が勝利することなり、それは「連ソ容共」を経て、主に周恩来(大東社)や鄧小平(客家)などフランス帰りの留学生を中心に結成された中国共産党(大東社的な無神論・唯物論・集産主義・反君主制思想の流れ)の大陸奪取へと続く流れを形成することになる。かくして中国大陸は大東社系の集産主義・無神論・唯物論に占拠される。その影響力は北朝鮮に侵入し独裁国家を樹立、我が国の左翼勢力にも甚大な影響を与える。

一方日本は明治以来権力の中枢を握ってきたのは親英米派=英国メーソン系である。大久保利通→牧野伸顕の系列である。大久保は岩倉使節団で外遊中に数か月間英国に滞在。帰国後それまで竹馬の友だった西郷隆盛と対立。この間何があったのか。英国支配中枢が当時対ロシア戦略の橋頭堡として利用せんと目論んでいた大日本帝国のトップが数か月間も英国に滞在していてロスチャイルドが近づかないわけはない。親英米派は英国的な自由主義思想を唱えながら、一方で伝統を換骨奪胎し、西洋的なものに変えようとする策動。新渡戸稲造や内村鑑三の「武士道に接ぎ木されたキリスト教」というのが思想面における具体的表れである。武士道にキリスト教を接ぎ木しなければならない理由がさっぱりわからない。武士道は武士道である(武士の戦場での体験を元に錬成、江戸期に仏教や儒学により理論化)。

明治以後の宮中周辺へのカトリックやクェーカーなどキリスト教人脈の包囲を見てもその「憑依型」戦術が分かる。戦後もそれは続く。英国聖公会信徒の小泉信三が東宮御教育係となり、クェーカー信徒でフリーメイソンである新渡戸稲造の弟子・田島道治が初代宮内庁長官となる。またカトリックの濱尾文郎枢機卿の実兄でカトリック信徒の濱尾実が東宮侍従に。純正愛国陣営の先覚が既に大正時代から深く憂えていたように、宮中周辺のキリスト教勢力の多さはまことに異常である。日本の人口にキリスト教徒が占める割合は1%未満である。それなのに宮中周辺におけるキリスト教関係者の多さはこの日本人全体におけるキリスト教徒人口の割合と全く釣り合わない密度である。この配置に意図的なものを感じるのも当然というものだろう。戦後、フリーメイソンのマッカーサーは御皇室をキリスト教化しようと企んだそうだが、幕末維新以来の執拗な策動の継続を見ても、国際秘密力の対日侵略の最終目標は宮中の完全なキリスト教化(憑依型戦術の究極目標)に据えられているのではないか。深く憂え申し上げる次第である。

さて、親英米派の流れは岸信介などの満洲人脈と絡みながら現在の安倍ニセ政権につながっている。(例:麻生太郎氏は大久保利通・牧野伸顕の血を引く上にカトリック信徒でスコッチメーソン吉田茂の孫。まさにサラブレッド)満洲人脈の中には河豚計画に関与した新興財閥系の鮎川義介や親猶太陰謀論者の陸軍の安江仙弘大佐、海軍の犬塚惟重大佐などがいる。鮎川の義弟の久原房之助が皇道派青年将校の226事件の有力資金提供者である。皇道派には大本教が絡む。皇道派の重鎮秦真次中将は中佐時代に大本教に入信、皇道派と近い山本英輔海軍大将は大佐時代に有名な秋山真之と一緒に大本教を訪問。秋山は熱心に大本教を信仰、大本信者ではないようだが大本系の思想を信奉したらしい山本英輔大将も広い意味で大本人脈と言えるだろう(山本は日猶同祖論者で戦後は剣山でアーク探索したほど)。

戦前においては三井・三菱系の大財閥と日産・日立などの新興財閥系の両建構造があったようであるが、大財閥系の親英米派・統制派と、新興財閥系の皇道派・満洲人脈の両者の流れの複合体が今現在の支配層につながっていると推理する。保守陣営において統一系と大本系が両建構造(根は一緒)をなしているのはその反映ではなかろうか。戦前にしてからが、三井の池田成彬は新興財閥系・日産の久原房之助の影響下にある皇道派の青年将校のイデオローグである北一輝に情報料の見返りに資金を提供する。両建的な奇々怪々な構図である。

思想的には保守政治家・保守系知識人を見てもわかるように、我が伝統思想を換骨奪胎したカルト及びカトリック系多し、一神教的・西洋神秘主義的な思想が幅を利かせる。イエズス会系の某保守系学者は同時に統一協会とも長年の昵懇の仲であると聞く。米にはイエズス会系のジョージタウン大学の付属機関として設立されたCSISというネオコン系シンクタンクがある。ここがジャパンハンドラーズの牙城の一つとなっている。イエズス会とネオコン(猶太系が中心。言わずもがな)の繋がりが見える。ネオコンCSISの下僕で統一べったりの我が国の保守政治家・保守知識人にカトリックが多くみられるのはきっと偶然ではあるまい。


以上をまとめると、日本の支配層=西洋的有神論・西洋神秘主義・英国系メーソン 中国共産党=無神論・唯物論・仏蘭西系メーソン の両建構造が見えるように思う。


日中対立というのは日本の親英米派=英国メーソンと中国共産党(特に上海派)=仏蘭西メーソンの両建対立構造として解釈できる。日本国内における親米派・ネット右翼と左翼の対立も同じ構造で理解することができるであろう。日本人や中国人の伝統とは無関係のところで日中対立が演出され血を流すとしたらこんな不幸なことはない。日本人も中国人も国際秘密力に汚される以前のお互いの真の伝統を探求し理解し復興させることが、実はもっとも根底的な日中友好の道ではないかと思う。おそらく章炳麟が唱えた攘夷とはまさにそういう反西洋としての攘夷であったのであろう。最初は伝統思想の立場から共産主義と日支闘争に反対していたが、のちに時代の流れに妥協し中国共産党の反日策動を肯定してしまったそうなので章炳麟をそこまで高く評価する気にはなれないが、孫文に比べるとはるかにまともな東洋型思想家だと思う次第である。

真の「攘夷」とは日本が中国(中国共産党ではない。)を攻撃し、中国が日本を攻撃することではなく、両方に浸食する西洋の奥の院の魔の手を打ち払うことではなかろうか。そしてどこまでも日本は日本、中国は中国であって、石原完爾の東亜連盟論(世界連邦東亜支部)のように一つになる必要はない。これは章炳麟も学んだ華厳哲学で言う「事事無礙法界」というものである。個別の事象が混ざり合わずしてそのままに調和するという理想である(個別の事象はどこまでも個別だとするところがワンワールド思想との大きな違い!)。罵倒しあったり、どちらかが卑屈になったりせず、それぞれが真に自国の伝統に誇りを持てれば真の友好になると思うのである。理想論だとはわかっているのだがそうなってほしいと願わずにはいられない。


(了)

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by kokusai_seikei | 2015-10-25 11:49 | 陰謀史 | Trackback | Comments(0)

戦前からある陰謀論界の宿痾・課題

〇犬塚惟重を会長に戦後発足した日猶懇話会のメンバーが凄い。副会長に日本神智学の祖と言われる三浦関造。鞍馬寺貫主に影響を与えた人物だ。理事に戦前の神代史派の拠点「神日本」の主催者・中里義美。顧問に景教渡来説の佐伯好郎や大本教人脈で皇道派に近く戦後は剣山のアーク探索をやった山本英輔。
http://aoisekai487.blog7.fc2.com/blog-entry-643.html?sp

〇太田龍氏の「天皇破壊史」に引用されていた短文では山本英輔海軍大将は明治維新の功臣の背後に秘密力がいたと指摘。だがこの人は同時に大本教や天津教シンパで神代史派であり、戦後は剣山探索した程の日猶同祖論者なのだ。オカルトと陰謀論のセット現象は実は戦前からある陰謀論界の宿痾・課題である。

〇山本英輔は明治維新の功臣の背後に国際秘密力がいたと昭和初期の段階で指摘している。明治以後の西洋侵襲の危機的状況の中で国防の前線に立つ軍人程危機感が強く日本を守らんと模索した挙句に辿り着いたのが大本教であり日蓮主義だった。薩長閥でなくば在野カルト。この両建構造に陥穽があった。

〇これは戦後左翼に嫌気がさして保守意識に目覚めて統一系言説に染まり、それを突破したら大本系カルトに絡めとられる現象と類似している。戦前も同じ。薩長閥・親英米派に従属するか、さもなければ在野カルトに絡めとられた。純正日本人の立場を確立するには何重もの網を超える必要があった。


(了)

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by kokusai_seikei | 2015-10-25 06:10 | 陰謀史 | Trackback | Comments(0)

日猶同祖論や景教渡来説のおかしさ

〇兵庫県に大避神社という神社がある。御祭神は秦河勝である。この時点で「秦氏=猶太人説」「秦氏=景教徒」という説は崩れるのではないか。猶太教や景教を含む耶蘇教では人を神として祭るのはご法度のはずである。こういう基本的な事柄を無視することからして日猶同祖論や景教渡来説はうさん臭い。

〇日猶同祖論者は日本人と猶太人の宗教観の違いという根本的なところを無視する。どこそこにダビデの星があるとか、この日本語はヘブライ語と響きが似ているとか、その手の後付とかどうとでも解釈できる枝葉の部分ばかり強調する。猶太教徒にとって最も重要な宗教観の部分で日本人と猶太人は相容れない。

〇日本はアニミズムの国であり猶太人が重視する「天地の創造主」という信仰は無い。「猶太教が一神教化する前の多神教徒としてのヘブライ民族が渡来したのだ」と言う者もいるが、それならば道教やヒンドゥー教の神々も仏教の護法神として渡来しているから「猶太」だけ取り立てて言う意味がない。

〇「多神教徒としてのヘブライ民族が渡来した」とまで言って、あくまでも日本と猶太を結び付けようとするのは、何らかの政治的意図があるとしか思えない。道教の神もヒンドゥー教の神も日本に渡来している。例えば金刀比羅宮の御祭神はガンジス川のワニの神である。かと言って日印同祖論は言われない。

〇修験道も日猶同祖論において定番である。小箱の頭巾やほら貝が猶太教で使われる物と似ているといった類である。しかし、修験道と猶太教は根本的に世界観が異なる。修験道は原始アニミズムを色濃く継承し、木石など自然物を崇敬する。超越神を崇拝する猶太教でそれはあり得ないだろう。根幹が違う。

〇とはいえ一神教的な傾向を持つ修験一派が存在するのも事実である。それが丹波や鞍馬山の人脈である。インサイダー筋が大本教の母体として示す大江山の霊媒集団や神智学の影響を受けている鞍馬寺の鞍馬弘教等である。大本一派は一神教的だが元々かかる傾向性を持つサンカの修験一派が母体の可能性。

〇古代のラビと修験者の頭巾やほら貝、服装が似ていたとしても「だから何」という程度の話に過ぎない。そんな事より、明らかに意図的に「天地の創造主」というキリシタン神学由来の概念を導入した平田篤胤の方が問題である。出口王仁三郎もその神観を継承している。同祖論もこの周辺が主に唱える。

〇ネストリウス派=景教は人性と神性を明確に区別する。マリアも「神の母」ではなく「人性としてのキリストの母」という扱い。カトリックより人格と神格が厳格に区別されている。人と神の距離が近く、同一視し、場合によって人が神に命じる関係(例:役小角と一言主神)すらある日本の宗教観と隔絶する。

〇神智学徒のゴルドン夫人が高野山に大秦景教流行中国碑のレプリカを建立した。人性と神性はあくまで区別されるべきだとするのが景教である。一方、真言密教は「即身成仏」つまり、人も仏も構成要素は同じ「六大」だから人と仏はゼロ距離だとする教義である。似ても似つかないどころか真反対である。

〇宗教観を見ると、景教渡来説がいかに胡散臭く、ありえそうにないかが見えてきた。正倉院の宝物と同じで西方の外面的な文物は多数渡来したであろう。法隆寺のエンタシス方式もそうである。しかし、日本人の宗教観は同じ汎神論文化の印度や支那とは親和性があるが、中東以西のそれとは隔絶が大きすぎる。

〇●●渡来説、●●同祖論の類は、枝葉の文物をいくら眺めても「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」という程度の「結論」しか得られない。要するに信じたいものを信じるという結果にしかならない。比較的明確な結論を得るには世界観や宗教観など思想の枠組みを比較するのがより確実と思う。

〇日猶同祖論の初期の論者の一人佐伯好郎は同時に景教渡来説の権威。日猶同祖論と景教渡来説は初期からセット。佐伯は英国聖公会のキリスト教徒。聖公会は英国諜報員とメーソンの巣窟と渡部悌治先生述。猶太資本導入推進のために日猶同祖論を唱えたことを服部之総に告白。河豚計画の犬塚惟重の団体顧問。

〇景教渡来説を唱えている人士はキリスト教徒ばかりである。宗教的立場からの願望が投影されている「説」と言える。「いろは歌」まで耶蘇教の思想を歌ったものという者までいて驚いた。仏教の基本的教義を抑えておけば「いろは歌」は「有為=縁起したものの無常と、無明の克服」という趣旨と分かる。

〇猶太人のシンボルと言えばダビデの星=六芒星というイメージだが、六芒星が猶太のシンボルになったのは17世紀からである。六芒星はネパールでもよく使われるシンボルだそうだ。六芒星が伊勢神宮や松尾大社にあっても日猶同祖論の根拠にならない。猶太の古代からの象徴は七枝の燭台=メノラだろう。

〇石上神宮に安置されている七支刀がメノラだ!とかこじつける者もいる(笑)メノラは燭台であって刀ではないであろう。そもそもアニミズムの日本と一神教の猶太という根本的な相違がある。日猶同祖論者はわずかでも共通点があれば針小棒大に取り上げ、違いはどんなに大きいものでも無視する。

(了)

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by kokusai_seikei | 2015-10-13 22:49 | 陰謀史 | Trackback | Comments(0)

フリーメイソンの啓蒙主義と神秘主義という二大傾向から発現した両建構造

〇フリーメイソンには啓蒙主義と神秘主義という二つの傾向性がある。大陸系メーソンの場合はヴァイスハウプトのイルミナティ結社員の集団加入によりさらに無神論的・革命主義的傾向性を強めた。その流れの中からカルボナリ、青年イタリアの共和主義革命思想やマルクスの共産革命思想が出てくる。

※ローザ・ルクセンブルクの極左団体の「スパルタクス団」という名はイルミナティ首領アダム・ヴァイスハウプトの結社名「スパルタクス」から取られたのではという説を澁澤龍彦が「秘密結社の手帖」で述べていた。なるほど、そうかもしれない。これも左翼思想がイルミナティ起源であることの傍証の一つ。

〇一方、放浪のロシア人オカルティスト・ブラヴァッキー夫人はメーソンに接触することで神秘主義を吸収、神智学を作る。その神智学の重要な教義の一つ「根幹人種論」に影響を受けたグィド・フォン・リストというドイツの作家がアーリア至上主義を唱え始める。

〇リストの思想の流れの中からトゥーレ協会及びその政治部門ナチスが出現する。ワイマール共和国末期におけるドイツの左右激突はこのメーソンの二つの流れの激突と見ることができる。前述のローザ・ルクセンブルクは暗殺され、右派が権力を握り、ナチスが台頭する。

〇一方ロシアでは啓蒙主義の流れを汲むボルシェビズムが覇権を握る。国際秘密力は思想的に神秘主義と啓蒙思想の双貌を持つが前者による後者の駆逐がナチス独逸の誕生であり、後者による前者の駆逐がソ連の誕生である。結局、ナチスVSソ連はメーソン流の反共主義と共産主義の激突・両建抗争である。

(了)

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by kokusai_seikei | 2015-09-20 01:01 | 陰謀史 | Trackback | Comments(0)

所謂「長州閥」について

〇一口に「長州閥」と言っても井上馨のような金権政治家、山県有朋のような陰険な密偵政治家、難波大助や宮本顕治みたいな謀反人。両極端である。だが金融と諜報・謀略と革命工作は表裏一体なのだから、実はそうではない。これらは国際秘密力の世界侵略の主要な手段。長州閥は彼らの日本におけるカウンターパートとして最適だった。

〇北一輝理論の忠実な実行者・磯部浅一も長州出身であった。(素朴な皇道思想を奉じる他の皇道派青年将校は北理論の本質を分かっていなかったようだ)密偵政治や過激な革命行動への熱情という長州閥気質は、国際秘密力に相通じるものを感じる。革命や謀反、諜報・謀略への固執は国際秘密力気質である。

〇岸信介は北一輝の「日本改造法案」の国家社会主義思想に影響を受く。北一輝は元々は社会主義者。安倍は元トロツキストのアーヴィング・クリストルを尊敬。そう言えば長州からは難波大助という極左テロリストや河上肇や宮本顕治という有名共産主義者も出ている。長州閥はかなり社会共産主義とも縁が深い。

(了)

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by kokusai_seikei | 2015-09-20 00:34 | 陰謀史 | Trackback | Comments(0)

明治以来の日本の両建構造

〇明治以来日本の基本的な権力構造は「薩長VS筑前・丹波人脈(玄洋社・黒龍会・大本教)」の両建構造と分析する。前者が与党的勢力であり三井や三菱など大財閥と結びカトリックと近い(御皇室浸透工作)。後者は野党的勢力で日産のような満州系の新興財閥と結びプロテスタトに近い(巌本善治等)。

〇この構造は親米派VS反米派という形で戦後にも引き継がれている。親米派の安倍は長州、麻生は大久保の血を引くカトリック。安倍政権はカトリックが多い。一方反米派は保守にしろ陰謀論陣営にしろ大本系の影響が大きい(例:月刊日本)。反米保守の中でプロテスタントの佐藤優の影響力が大きい。

〇戦後になると薩長系親英米派は朝鮮人脈と強い関係を持ち始める。安倍自体が朝鮮系だという説もある。この周辺は統一協会や朴正熙人脈など韓国・朝鮮系の色が強いのが事実だ。対して丹波人脈は渡来系であるにしても所謂新参の「在日」ではなく、もっと古いサンカ(鬼とされた)の人脈と推測する。

〇ただこれはおおよその枠組みであり、必ずしも一貫していない。岸信介は長州系でありかつ満州人脈に食い込み、薩長閥周辺の親英派支配層の中でプロテスタント系のクエーカー教徒の存在が大きい。北一輝は新興財閥系の皇道派のイデオローグに納まりながら三井から金を受け取る。要するに根は一つ。


(了)

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by kokusai_seikei | 2015-09-19 01:48 | 陰謀史 | Trackback | Comments(0)

「左翼」の起源と英仏メーソンの両建構造

〇エドマンド・バークの「フランス革命についての省察」にフランスの革命政府はブルボン王朝政府の権威を否定するのに金融業者への債務履行だけには熱心だったことが書いてある。革命勢力と金融資本の関係が見て取れて興味深かった。仏革命時の革命勢力は左翼の起源。左翼は起源からして金融資本の手先。

〇グラントリアンが主導したフランス革命では教会財産が没収され、国王は断頭台の露と消えた。反宗教反君主制思想のグラントリアン思想の具体化がフランス革命であった。西洋はこの反宗教反君主制のグラントリアンと、キリスト教及びそれに基づく君主制を擁護するスコッチメーソン及びカトリックの両建。

〇英仏メーソンで侵略戦術に違いあり。グラントリアンは正面から現地の体制を転覆させる革命戦術方式。スコッチメーソンは現地の伝統に憑りつき別のものに変えてしまう憑依戦術方式。思想的な武器に関しては前者は革命理論と自虐史観の普及など、後者は日猶同祖論や伝統宗教のキリスト教化などがある。

(了)

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by kokusai_seikei | 2015-09-19 01:35 | 陰謀史 | Trackback | Comments(0)

アダム・ヴァイスハウプトの著作を読んでのイルミナティ解析

〇以前「イルミナティ入会講座」というアダム・ヴァイスハウプトの著書の日本語訳を読んだ。イルミナティとは啓蒙主義の秘密結社だというのがはっきりした。「理性崇拝」が思想の基本。神秘主義を批判。メーソンを「迷信の運び屋」とまで罵倒。「理性」を唯一の指針として「全人類の変革」を目的とする。

〇秘密結社の指導者こそが知的道徳的に完全であり、全人類を唯一の目的に導くことができるという傲り高ぶった前衛エリート主義。その帰結としての指導者への絶対服従の要請。「理性」を掲げる故、結社員に選択と批判の自由を表面上は保障。だが結局指導層の思想を受け入れさせる巧妙な仕組み。

〇大陸系メーソンが神秘結社から過激な政治結社に変貌したのはヴァイスハウプトのイルミナティによる「加入戦術」によるものだろう。ここに神秘主義が基調の英国系メーソンとの両建構造が確立。ヴァイスハウプトの神秘主義への嫌悪感はすさまじいものがある。マルクスの「宗教は阿片」の口吻と酷似。

〇ヴァイスハウプトが大陸系メーソンに仕掛けた「加入戦術」とは後の極左が使う手法。イルミナティ組織のあり方はイエズス会をモデルとし、後の共産党組織の前衛エリート主義→民主集中制に影響していると思われる。思想、組織論など様々な意味でヴァイスハウプトのイルミナティは左翼の起源をなす。

〇ヴァイスハウプトの「理性を唯一の指針とし秘密結社が指導して全人類を変革し究極的に統合された世界共同体を創設する」という思想自体が既に理性的ではない。理性崇拝という理性の過信は非理性的である。理性は常に自己反省を伴うことで正しく機能する。其々の文化共同体=国体には歴史の知恵が宿る。


(了)

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by kokusai_seikei | 2015-09-19 01:35 | 陰謀史 | Trackback | Comments(0)

近代日本のカルト宗教の二大源泉

〇近代日本のカルト宗教の二大源泉は平田派神学と日蓮主義。神道系カルトは前者から発祥し、仏教系カルトの多くが後者に発祥する。真言立川流も源泉の一つと考えるようになった。真如苑の教祖は立川流の祖仁寛と同じ醍醐寺の僧侶出身である。平田神道系、日蓮系と並び密教系のカルトも多い。
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by kokusai_seikei | 2015-09-19 01:34 | 陰謀史 | Trackback | Comments(0)