カテゴリ:その他諸々( 4 )

「国際秘密力研究」の方法論と「萃点」について

※大部分過去ツイートからの引用なので重複箇所多し。一部加筆修正。

〇大乗仏教の縁起の思想を科学的世界観として捉えなおした南方熊楠先生の造語とされるものに「萃点(すいてん)」というものがある。意味は、さまざまな法則や力が集まり、そこを解明すれば多くの物事を知ることができる特異点というほどの意味だそうだ。


〇南方熊楠の科学思想は仏教の縁起思想をベースに構築されていると見ている。那智山での研究生活では華厳経を携えていたそうだ。熊楠は無数の原因条件関係の網として世界を捉えている。因果ではなく因縁果。いくつかの法則が集まり、そこを解明すれば多くのことが理解できる特異点を「萃点」と名付ける。

〇「萃点」という考え方は国際秘密力研究でも重要である。裏権力は無数の網の目であり、そこには自ずとネットワークが交錯する特異点ができる。例えば日本の政財界の支配構造の解明のためには「電通」という萃点に着目すると多くの事が理解できる。萃点を見つけるほど解明が進む。

〇仏教哲学で言う「縁起」を根底に発想すればあらゆる事柄が論理的に解明できると思う。「縁起」は西洋の哲学・科学の「因果」より優れた枠組みである。つまり「因」と「果」の単線的な繋がりしか掬い取れない「因果」カテゴリーより、「因」「果」に加え「縁」をも掬い取る「縁起」の方が現象をより細かく捉える事が出来る。

※ 因=原因 縁=条件 果=結果 原因と条件に依存して結果が生起する、という道理を「縁起」と呼ぶ。

〇森羅万象を研究した南方熊楠は仏教の縁起思想をその科学的方法論の基礎に据えていた。世界をあらゆる関係性の網の目として捉え、複数の法則が集中する特異点を「萃点」と名付けた。萃点を解明すると研究がはかどると言った。

〇この萃点(すいてん)という考え方は自然や物理の法則の解明だけではなく、社会的事象の解明にも応用できると思う。国家社会の中で、そこを抑えれば全体に影響を与えることができる特異点が存在する。「国際秘密力研究」とはこの特異点を探り出す営みに他ならない。マスコミやカルトがその特異点の例。

国際秘密力研究上の重要課題は「人的ネットワークの解明」である。これはまさに無数の関係性の網の目。人的ネットワークにも特異点がある。それが特定人物だったり組織だったりするわけである。それをより多く発見する事が国際秘密力研究の進展には重要。まさに陰謀追及は「萃点」探しとも言えるのだ。


(了)

[PR]
by kokusai_seikei | 2015-09-20 11:42 | その他諸々 | Trackback | Comments(0)

陰謀追及者の心構えについて

〇社会悪を暴き出し世のため人のためを図る事を目的とするとはいえ、陰謀論は基本的に世の中の暗部や闇を見つめる作業である。だからともすると心が闇に囚われたり、下手をすると取り込まれる危険性が常に付きまとう。陰謀追求者は常に心を鍛え、心が絶望や闇に囚われないようにしなければならない。

〇そのための方法論は人それぞれあると思う。以下に個人的な考えを述べてみたい。まず一つだが、読めば心洗われる古典を常に座右に置き折に触れて参照するなどどうだろうか。素朴な感性を思い出させてくれる古典文学や簡便でどこを読んでも心洗われる知恵のつまった古典などがよいと思う。

〇古事記・万葉集を初めとする我が国の古典、あるいは法句経(ダンマパダ)やスッタニパータ、論語、老子、菜根譚など簡潔に人生哲学を説く東洋の古典もよいと思う。先人の知恵がこもったこのような古典は一服の清涼剤のように心を安らかにし、そして鍛えてくれると思うのである。

〇この世のもっとも醜悪な部分を観察する陰謀論研究をする一方、清い先人の感性や叡知に常に触れることでバランスをとるわけである。東洋の古典に限らず、各々の趣向にあった心洗われる座右の書を持つとよいのではないだろうか。また心が闇に引きずられることは心に自制心を打ち立てることで防げるように思う。つまり醜悪な部分を見つめ続けることで心に悪影響が及ぶのを心の中に自制心を鍛練し防ぐわけである。

〇人間の認識の構造で言えば感覚器官と感覚対象が接触し認識が生まれる。(表象や思考など感覚を伴わない意識作用と意識対象の「接触」を含めて考える。感覚も意識も主体と対象が一体の仕組みと考えているが今は述べない)ここまでは単に何かを客観的に認識しているだけだから感情の入る余地はない。しかしその認識の快不快に応じ好悪二方向の執着即ち貪欲や嫌悪や恐怖等の感情が生まれる。「心が闇に囚われる」という比喩的表現はこの「認識作用の快不快に応じて生起する感情に振り回される」の意である。したがって「心が闇に囚われない」は「感情に呑まれたり振り回されない」を意味する。

〇そのための具体的な鍛練法は心に浮かぶ執着や欲、怒りや恐怖などあらゆる心理・感情の状態をその都度その都度観察することがよいと思う。無理矢理無くそうとするのではなく観察する。たとえば怒りが起こっても「あ、今怒っているな」と気づいておく。感情というのはその都度客観的に観察すると弱まる傾向があるようだ。感情をその都度客観的に観察するということはその分だけ感情に飲まれ切っていないということであるからだろう。感情を客観視できるということはその分だけ冷静ということである。無理に抑えようとするより効果があると思う。

〇「感情をその都度客観的に観察し気づいておく」ことを心掛ける。結果感情が適正な範囲に中庸を得て自制が行き届くようになってくるのではないだろうか。仏教の止観行でいう「観」の方である。梵語でヴィパシャナー、パーリ語でヴィパッサナーと言い南方仏教の仏僧も勧めている精神鍛錬法である。最古の仏典であるスッタニパータに「世の中におけるあらゆる煩悩の流れをせき止めるものは、気をつけることである」と極めて簡潔な煩悩克服法の記述がある。あまりにも簡潔だがよく考えてみると確かに合理的である。仏教自体が本来極めて理にかなった精神鍛錬法の体系とも言える。

〇昔の剣豪達がその心法の多くを仏教、とりわけ禅から得たのもむべなるかな。剣禅一如である。禅は止観行の「止」(精神集中)に当たる座禅だけでなく行住坐臥常に気を付けて行う正念相続ということも言われている。世の深き闇を追求する陰謀追求者も昔の剣客のように心法を練る必要があると思う。個人的には宮本武蔵を尊敬している。神仏を尊びつつも神仏を頼まなかった武蔵は最後は霊巌洞における独座で万理一空を悟った剣の哲人であった。幕末の剣客山岡鉄舟は禅によって精神を鍛え、江戸を戦火から救う大きな働きをした。心法を練る効用は極めて大であることを教えられる。

〇人それぞれやり方があると思う。今あげたのは個人的な考えの一例に過ぎない。また人様に偉そうに心の鍛錬法を説くほど心の鍛錬ができているわけでもなしお恥ずかしい限りである。おこがましくも人様に説くというのではなく自分自身そう鍛えていければ、という覚え書きのつもりで書いた次第。


(了)

[PR]
by kokusai_seikei | 2015-09-15 23:47 | その他諸々 | Trackback | Comments(0)

日本の伝統「仏教」の現代への活かし方について

〇「呪殺団」というのは仏教徒としてどうなのか疑問である。仏陀は呪術や占いの類を否定している。呪術が社会的に認知されていた中世ならいざしらず現代であれをやるのはどうなのか。仏教哲学という非常に鋭利な思考上の武器があるのだから、それで以て権力者を理論的にぶった斬る事ができるはずである。

〇「呪殺」というのは現実に効果があるかは別として唯識の「阿頼耶識縁起」の道理によれば、人を恨み殺意を持つ心作用(現行)がそのまま潜在意識に影響(種子)植えつけ(現行熏種子)、心を根底から汚す事に。瞋恚や貪欲を排して、血の通った義憤を持ちつつも、もっと冷静かつ理論的に糾弾すべきでは。

〇「人を恨まば穴二つ」という。せっかく世界最強クラスの理論的武器を活かさず、「呪殺」という迷信的業に没入するのは日本の仏教の為にいいことではないと考える。仏教はもっと現実的で理論的なものである。「縁起」を根底に発想すればあらゆる事柄が論理的に解明でき的確な政治批判も繰り出せるはず。

〇「「縁起」を根底に発想すればあらゆる事柄が論理的に解明でき」と書いたが、森羅万象を研究した南方熊楠は仏教の縁起思想をその科学的方法論の基礎に据えていた。世界をあらゆる関係性の網の目として捉え、複数の法則が集中する特異点を「萃点」と名付けた。萃点を解明すると研究がはかどると言った。

〇国際秘密力研究上の重要課題は「人的ネットワークの解明」である。これはまさに無数の関係性の網の目。人的ネットワークにも特異点がある。それが特定人物だったり組織だったりするわけである。それをより多く発見する事が国際秘密力研究の進展には重要。まさに陰謀追及は「萃点」探しとも言えるのだ。

〇仏教を現代に活かすには、「呪殺」(呪殺団)などという迷信的な行き方ではなく、南方熊楠が仏教哲学を科学的方法論として再構成したような行き方をすべきではないだろうか。西田幾多郎、大森荘蔵、廣松渉とかを少し読んだが、日本の哲学はかなり仏教哲学の影響が強いのを感じる。それ程の知的遺産なのだと思う。


(了)

[PR]
by kokusai_seikei | 2015-09-02 11:28 | その他諸々 | Trackback | Comments(2)

はじめに

ブログをはじめます。当分は主にツイッターに挙げた内容を加筆修正して載せていこうと思います。戦前の国際秘密力研究の最先端機関である国際政経学会とその国際政経学会の監事をされていた渡部悌治先生の名著によって伝えられた「攘夷の流れ」純正愛国陣営の先人たちの道統に学びつつ、内容は国際秘密力研究を中心として日本や東洋の思想や国史、時事問題に関する意見などが中心になるかと思います。よろしくお願いいたします。
[PR]
by kokusai_seikei | 2012-11-10 23:08 | その他諸々 | Trackback | Comments(0)