ツイートまとめ テーマ:オカルト的狂宴「ハロウィン」について警鐘を鳴らす


【ツイートまとめ テーマ:ハロウィン前後はオカルト犯罪者に要警戒! 】
http://kokuhiken.exblog.jp/26097640/
の続きです。


〇ハロウィン問題と麻薬問題は似ている。麻薬事件では警察は末端の購入者や売人は捕まえるが、流通製造元は放置する。ハロウィンでも末端の暴徒は取り締まるが、儀式殺人などをするオカルト犯罪者は放置・隠蔽する疑い(東京都日野市の事件では自殺として処理)。麻薬もオカルト犯罪も裏権力が関与。

〇ハロウィンは元々はケルト民族の習俗だったのかもしれないが、今や国際秘密力のオカルト犯罪者の狂宴=オルギアとなっているのだろう。一般人向けには単なる乱痴気騒ぎとして喧伝するのは常套手段である。対抗文化・ニューエイジ系のオカルト左翼は「イニシエーション」をエンタメとして普及している。

〇オカルト犯罪者の蛮行も「不発」になれ。それにしても、一般人の盛下がりと裏腹に何故マスゴミはこうも「ハロウィン」を喧伝したがるのか?電通の指示か?【渋谷ハロウィン「不発」にテレビ局も空振り 金曜夜、冷たい雨の中待ちぼうけの人たち】https://www.j-cast.com/2016/10/29282115.html?p=all

電通「戦略」十訓 
1 もっと使わせろ
2 捨てさせろ
3 無駄使いさせろ
4 季節を忘れさせろ
5 贈り物をさせろ
6 組み合わせで買わせろ
7 きっかけを投じろ
8 流行遅れにさせろ
9 気安く買わせろ
10混乱をつくり出せ


この中でも10が一番タヴィストック的である。

〇「電通戦略十訓」は1970年代に打ち出されたそうだが、1~9までは高度経済成長期らしく消費を煽る戦略のようだが、10は異質である。タヴィストックに「社会混乱理論」というのがあるらしい。混乱状況では人は判断能力が低下し操作誘導されやすくなる心理的傾向があるという研究に基づくようだ。

〇今やデフレ推進が蔓延している状況なので、「使わせろ」「モノを買え」戦略の逆で「緊縮・増税しろ」「マネーゲームに金を突っ込め」を喧伝していると言える。しかし「電通戦略十訓」の10は一貫して生きている。次々に新奇な流行を作り出し、人心をかき乱し、麻痺させ、操作・誘導し続けている。

〇ハロウィンなどを流行らせようとするのも、「電通戦略十訓」の10に関係があると分析する。非日常的空間を作り出す事で混乱状況を作り出す。混乱状況では人は思考能力・判断能力が低下し、操作・誘導に脆弱となる。息もつかせず新奇の流行・行事を浴びせ続ける事はこの状況を永続させる事を意味する。

シオンの議定書にある「芸能・スポーツ・クイズを流行らせる」という戦略も同じである。議定書自体は誰が書いたかは不明ながら、この心理操作手法自体は国際秘密力が実際に使用している洗脳技術そのものではなかろうか。人心を酔わせ、麻痺させる一種の阿片である。自律的思考力を奪うのが目的だろう。

〇「洗脳科学」とは基本的に、人の心が持つシンプルな法則を発見し、操作・誘導・支配に応用する技術だと言える。シンプルな法則とはタヴィストックの主要研究者のクルト・レヴィンの研究に基づきソ連の学者が発見した「ツァイガルニク効果」(未完了の課題ほど記憶に残りやすい現象)などである。

〇TV番組などで「次回が見たくなるような中途半端な所で終わらせる」やり方などが「ツァイガルニク効果」の応用である。人間の心理法則を応用して「次を見させる」という誘導目的を達成しているのである。これは心理操作そのもの。「己の意志を強制する技術=魔術」とするなら洗脳科学は魔術と言える。

〇「社会混乱理論」の「混乱」を具体的に言うと感覚的刺激によって心が乱されるという事だろう。つまり眼耳鼻舌身意が色声香味触法に接する事で乱される。逆に「混乱しない」とは感覚的刺激に気を付けて心を乱されない事である。誘導防止には新奇の流行の喧伝は冷ややかに斜めに見るくらいで丁度よい。

〇それにしても「電通戦略十訓」の「〇〇させろ」という部分に彼らの大衆蔑視の態度を見る事が出来る。庶民を心理操作の対象としか見ていない。完全に国際秘密力連中の態度と同質だ。かかる傲慢な姿勢でマスコミを支配し情報操作してきた。電通は東京地検特捜部と両輪をなす国際秘密力の対日侵略の手先。

〇現代資本主義の特徴は供給者がコマーシャリズムを駆使して自ら人々の欲望を作り出す事であろう。「人々が欲しい物」ではなく「欲しい」自体を作り出すのである。電通の「使わせろ」戦略はまさにそれである。分析的に言うと、眼耳鼻舌身意を惹きつける魅惑的な色声香味触法を意図的に作り出す訳である。

〇人は感官(眼根耳根鼻根舌根身根意根)と対象(色声香味触法)の接触が作り出す認識世界(眼識耳識鼻識舌識身識意識)を生きている。人の「世界」とは実質的には認識された世界。対象を作りだすと「認識≒世界」自体を動かす事に。心理操作の危険性を認識論的に分析するとそういう事が言えると思う。

〇「ハロウィン」は過ぎたが、島根女子大生死体遺棄事件で遺体が発見されたのは11月になってからだったので油断はならない。オカルト犯罪への警鐘乱打を継続する。【島根女子大生死体遺棄事件】https://ja.wikipedia.org/wiki/島根女子大生死体遺棄事件

〇オカルト狂宴「ハロウィン」の「トリック オア トリート」はある意味「西洋覇道」の論理を子供風にオブラートに包んだものと言える。西洋覇道の論理を突き詰めると「よこせ。さもなくば死ね」と要約する事が出来る。中南米侵略など西洋が歩んできた歴史を振る変えるならばこの事実が明らかである。

〇儀式殺人に関してハロウィン前から警鐘ツイートを繰り返してきた。儀式殺人を「オカルト犯罪者やその手先が目星をつけた人をさらう→野蛮な儀式を実行」というイメージだけで捉えるのは不十分だと痛感する。ケネディ暗殺がそうだったように、思いもよらない形で公開儀式殺人を起こす場合もありうる。

〇子供がジャングルジムで焼死した事件。「ウィッカーマン」に似ているという指摘がある。ウィッカーマンとは編み細工でできた人形の中に人間や動物を閉じ込めて燃やすドルイド教の供儀である。【ウィッカーマン】https://ja.wikipedia.org/wiki/ウィッカーマン

〇ハロウィンもウィッカーマンと同じく元々は古代ケルト民族のドルイド教の祭りである。ウィンストン・チャーチルがドルイド教の神官みたいな格好をした者達と一緒にに写っている写真があるが、国際秘密力の連中は古代エジプト宗教、古代ギリシャ密儀宗教などと並びドルイド教にも傾倒している。

https://pbs.twimg.com/media/Cwlv9TJVEAATv2y.jpg

国際秘密力のオカルト思想は様々な要素を混合したごった煮的産物。神智学に端的に現れているように、古代の印度やイランの思想、新プラトン主義グノーシスなど神秘思想、古代エジプト宗教、古代ギリシャ密儀宗教、猶太密教=カバラ、ドルイド教、北欧神話及び宗教など雑多な要素を詰め込んでいる。

〇11月6日にジャングルジムでの子供の焼死事件が起きたが、島根女子大生遺体遺棄事件で遺体が発見されたのも11月6日だった。引用:島根女子大生死体遺棄事件とは、2009年(平成21年)11月6日に発覚した死体遺棄事件である。https://ja.wikipedia.org/wiki/島根女子大生死体遺棄事件

〇秘密力がオカルトに固執する理由を分析。密儀宗教は「支配」に適した構造。密儀集団の「支配」メカニズム①「究極の実在」を設定する②「究極の実在」に至る「狭き道」を設定する③「狭き道」を独占するのが己らだと設定する④究極実在と民衆を仲介する唯一の集団として強固なヒエラルキー支配を完成。

〇「密儀集団」と一般的に書いたが、歴史的な具体例で言うとこれはカトリック教会が権力を獲得した方法そのものである。

〇今年も「ハロウィン」という名の「コスプレ・チンドン屋祭り」が近づいてきた。しかし裏権力の連中にとっては「ハロウィン」は単なる「コスプレチンドン屋フェス」ではなくオカルト的な「狂宴」である。ハロウィン前後は裏権力連中による儀式殺人の類を厳重警戒すべきである。儀式殺人防止月間である。

〇ハロウィン前後は不可解な猟奇的事件や「事故」が起きる事が多いので要警戒。島根女子大生殺害事件(結局真相は解明されず容疑者死亡で終結させられた)、東京都日野市の小学生エクストリーム自殺事件(警察がすぐに自殺と断定)、燃えやすい木製ジャングルジムで遊んでいた子供の死亡事故などである。

〇毎年儀式殺人と疑われる何かしらの事件・事故が起きている。これ以上犠牲者を出さないように警鐘乱打して何も起きない(起こさせない)ようにすべきである。「妄想」で結構である。陰謀計画の先読み暴露と同じで陰謀を阻止する事で「妄想」にすべきである。何も起きずに無事に経過する事が重要である。

〇「ハロウィン=(商業的には)コスプレ・チンドン屋祭り=(裏権力的には)オカルト的狂宴」が終わるまでは「儀式殺人に対する防犯活動」として定期的にRTして参ろうと思います。

〇欧米ではハロウィン前後になると多くの子供が行方不明になっているそうだ。儀式殺人の犠牲になっている可能性がある。このような欧米の闇に巣食う悪習を我が国に絶対に入れてはならない。欧米文化の闇は想像以上に深い。経済効果も上がる楽しいイベントをやりたいならばオカルト絡みである必要はない。

〇裏権力はエジプトやメソポタミア、ギリシャ、ローマ、古代ヨーロッパなど中東以西のあらゆる地域の習俗や宗教を剽窃して混合したグロテスクなオカルト的嗜好を持っていると思われる。その一つが「ハロウィン」。ハロウィンは元々は古代欧州に広く分布したケルト民族が信仰するドルイド教の祭儀だった。

西洋では基督教と悪魔教は表裏一体である。つまり両建である。基督教が「異教」として排斥した要素を悪魔教が取り入れるという構造。だから悪魔主義者が「異教」たるドルイド教のハロウィンで騒いだりする。裏権力や結社の「異教」趣味は必然的に悪魔教という形態を取る。悪魔教は基督教文化圏の産物。

〇基督教と悪魔教は二つで一つの文化として見ないと西洋文化の構造が見えてこない。猶太教がゾロアスター教の善神と悪神の二元論を取り入れて後期猶太教が成立し、これが基督教に繋がる。一神教なので悪神はあり得ないので悪魔とした。この「悪魔」というカテゴリにあらゆる「異教」的要素を放り込んだ。

裏権力が信奉するオカルト思想が分かりにくいのはあらゆる古代の宗教や神秘思想をごちゃ混ぜにしているからである。ハロウィンはドルイド教だが、彼らはドルイド教だけでなくエジプトやメソポタミア、ペルシャ、ギリシャ・ローマなど地中海・オリエントを主としてあらゆる古代思想の影響を受けている。

悪魔教については以前分析した。
https://twitter.com/kikuchi_8/status/844683408764628992


https://twitter.com/kikuchi_8/status/792037110119182336


(了)

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# by kokusai_seikei | 2017-10-23 23:03 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:「思考」を思考する


〇「思考」についての注意点。思考は思考作用と思考対象から成るが、この両者は不可分一体である。つまり思考は感覚と同じで必ず「対象」を持つという事。感覚でも思考でも対象を認識すれば何らかの「感情」が生じる。不快な事を考えれば不快になり、愉快な事を考えると愉快になる、というように。

〇好ましい認識対象には「好き」の感情が、好ましくない認識対象には「嫌い」の感情が生じる。この「好き」「嫌い」の感情が持続すると「執着」になる。心が執着に纏わりつかれると明晰で冷静な判断力が失われる。冷静な思考の為には思考が感情を生じさせる機制を自覚して気を付ける事が重要だと考える。

〇思考が人間を悩ませる一面がある。嫌いな人が目の前にいなくてもあれこれ嫌いな人間の事を考えて不快になるなど。不快な対象をわざわざ思い浮かべてあれこれ悩むのは自縄自縛である。なんらかの対象を認識したら感情が生じるというメカニズムを自覚すれば自縄自縛が緩和し思考が明晰化すると思われる。

〇「無相」とは「対象が無い事」であり、「無想」とは「対象を思い浮かべる表象作用がない事」である。つまり神秘的な用語ではなく認識論的な用語と言える。対象を認識すると感情が生じるので、対象を認識した所で止めて(過剰な)感情を生じさせないように気を付ける。これで明晰な思考の条件が整う。

〇無相=対象が無い事。無想=対象を思い浮かべる表象作用がない事。確かに論理的に言って何も対象がなければ感情も生じないので平静である。だが思考する以上必ず思考対象を伴う。よって冷静な思考の為には無相や無想より「対象認識に止めて感情を生じさせないように気を付ける」事の方が重要であろう。

〇「無相」で言う「相」とは「認識対象」の意である。たとえば唯識では認識対象=客観を「相分」とし、認識主体=主観を「見分」として両者は一体(見分・相分は自体分=自証分から分かれたとする)とする。同じく主観客観を一体と考える廣松哲学で言うと「所与・所識」成態が唯識の「相分」に相当する。

〇対象を認識すると「好き」「嫌い」の感情が出る(勿論好きでも嫌いでもない対象もある)→「好き」「嫌い」の感情が持続すると「執着」になる→その結果、対象認識が歪められる→歪められた認識対象によってさらに執着が増す→さらに対象認識を歪める、という悪循環。これでは到底冷静な分析は不可能。

〇陰謀追及においても分析対象に対する好悪がもろに出て認識を歪めている場合が多々あると思われる。根底に義憤を秘めながらも対象を正確に認識した上で冷静な分析をする事が本当の意味で強力な追及になると考える。事実に基づいた冷静な分析であれば言い逃れもできないし否定しようもないからである。

〇感情を無くしてしまう事はできないので、分析の際にはできるだけ感情に自覚的である事が重要であろう。自覚的であるとは感情をカッコに入れて第三者的に見る事=対象化する事。対象化できている分感情に飲み込まれてはおらず、その分だけ冷静という事になる。感情の滅尽ではなく統御又は調整である。

〇同じ「感情」と言っても世の為人の為を思う公共心に基づく義憤と個人的なルサンチマンでは全く異なる。後者は対象認識を歪める原因になるが、前者は陰謀追及に欠かせない原動力である。ただ「正義」という観念に固執し過ぎると排他独善的になって逆に不正義に転じる危険性もある。やはり中庸が必要。

〇己の心を適切に調整・統御する事で感情の豊かさと思考の冷静さのバランスを保つ。ここでもやはり中道(道に中る(あたる)=適切)・中庸(常に偏らず中正な事)が必要である。
「以前「破両建の極意は中道」と書いたが、そもそも東洋における「中道」又は「中庸」の本来の意味とは。中道とは「道に中る(あたる)=適切」の意。中庸は「中」と「庸」に分けられる。「中」は「偏らない」という意味で「庸」は「常」「平常」という意味である。つまり「中庸=常に偏らない事」の意。」
https://twitter.com/kikuchi_8/status/915261437592793088

〇西洋の合理主義思想では感情を軽視又は無視して理性だけを働かせる事を「合理的」とするが、人間の感情を無視して尊厳を踏みにじるような事は到底「合理的」とは言えない。イルミニズムなどに見られる理性主義は往々にしてそういう道を辿る。合理とは理に合致する事。理には「道理」が含まれるべきだ。


https://twitter.com/kikuchi_8/status/917038719659470848


(了)

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# by kokusai_seikei | 2017-10-15 09:27 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:「中道」「中庸」についての考察。※「武士道」についても


〇以前「破両建の極意は中道」と書いたが、そもそも東洋における「中道」又は「中庸」の本来の意味とは。中道とは「道に中る(あたる)=適切」の意。中庸は「中」と「庸」に分けられる。「中」は「偏らない」という意味で「庸」は「常」「平常」という意味である。つまり「中庸=常に偏らない事」の意。

〇中道とは「偏りなく、こだわらず、適切な行為を為す事」だとすれば無執着の実践と同義。無執着は生存への執着(有愛)と生存の断滅への執着(無有愛)を共に断つ事なので虚無にあらずしてまさに中道。「常住死身」で為す事を為すという古武士の生き様はまさにこれであろう。「死の賛美」などではない。

〇「武士道とは死ぬ事と見つけたり」は「死の賛美」などではなく「生死に囚われず為すべき事を為す」という意味だと思われる。原始仏教では死への願望は「無有愛」(虚無への執着)として否定される。江戸時代に儒学的な「士道」が成立する前の「武士道」は戦場を往来した武士の死生観そのものであった。

〇巷でよく語れる「武士道」は「士道」である場合が多い。新渡戸稲造の「武士道」もその類である。戦国武士道は生々しい武士の生き様そのもの。そもそも「武士道」なる語の文献的初出は甲陽軍鑑のようである。甲陽軍鑑は武田家の遺臣で兵学者であった小幡景憲が編纂した武田家の事績を記した書物である。

〇甲陽軍鑑が「武士道」という言葉の初出という事は「武士道」という言葉は戦乱の時代から平和な時代への過渡期に成立した事を意味する。つまり戦国武士の生き様を戦のない時代に伝える言葉だったと言える。「武士道」を持て囃す立場もくさす立場もあるが、かかる成立の由来を踏まえていない議論が殆ど。

〇「武士道」を新渡戸稲造の解釈で理解するのは偏っている。一方、フリーメイソンでクェーカー教徒の新渡戸の著「武士道」があまりにも有名になり過ぎた為に「武士道」なる語自体を明治以後の捏造とするのも誤解である。他の日本の精神文化と同じで「武士道」も憑依型戦術を受けたと考えるべきであろう。

〇「中道」から「武士道」に話が飛んでしまった。次に「中庸」について。中庸は先に述べたように、「常に」「偏らない」という意味だと解釈できる。人間の心は波があるので時にはバランスを崩して偏ってしまいがちである。だからこそ儒学では「常に偏らない事=中庸」を最高の徳と考えたのだろう。

〇中道は「道に中る=適切である」だが、中庸は「中=偏らない」に加え「庸=常に」という時間的意味合いを含むのが特徴である。常日頃偏らず適正な判断を下す事の重要性を教えている。このように中道・中庸は両建を破する極意にもなり得る。両建に嵌る事は「偏り」「適切ではない」状態だからである。

〇中道は縁起=関係的成立とも同義とされる。これを陰謀追及に応用すると中道とは「両建の背後関係を見抜き、事態の本質を適切に判断する事」と定義できる。例えば右派と左派があるとして、その背後関係(背後の関係性=縁起)を見抜き全体の構図の中で各派閥がどのような位置を占めているかを把握する。

〇明治以後西洋に改竄された文化を無条件に礼賛する立場もそれを奇貨として日本文化を全否定する立場も偏っている。この両者は両建。ある文化が成立するに至った因果関係・原因条件関係(縁起)を冷静に辿っていくと公正な見方=中道に到達すると考える。即ち縁起=中道である。偏りのない中庸。無執着。

〇中道とは理論的認識では「因果関係・原因条件関係を辿る事」であり、実践的認識では「執着しない事」だと言える。総合すれば「適正適切に判断し行動する事」である。中庸は「常に偏らない判断を下す事」である。何が適切かはその時々の状況に依る。固定したドグマの如き固執を持たない事が重要である。

「AかBか」というあらゆる二元相対論は突き詰めると「有か無か」の対立である。しかるに「縁起=自性(実体)が無いから有ではなく、他に依って有るから無ではない=非有非無=中道」。つまり有無の対立は縁起=中道という見方で解消する。縁起や中道とはあくまで「ものの見方」に関わる概念である。

あらゆる二元相対論の根底にある「有か無か」の対立論は中道によって解消する。これを応用すれば「右翼か左翼か」「猶太か耶蘇か」「安倍一味か小泉一派か」などのあらゆる両建的対立論も両者が形成された歴史的な因縁(縁起)を分析し解明すると解消すると思われる。中道というものの見方は役に立つ。

〇両建戦術も弁証法戦略も西洋の知の枠組みで考え出されたものなので西洋の知的枠組みの中にいてはこれを相対化し超克する事はできない。我々日本人は本来西洋の圏外にいるのだから、日本や東洋の伝統知を参考にするのがよいと考える。「中道」「中庸」「縁起」などは非常に役に立つものの見方である。

〇縁起・中道などの概念は知覚経験及び知覚経験に基づく推理によって認識された領域即ち「現象」のみに妥当する。それを超えた領域(が仮にあるとして)については判断停止=無記が無難。断定できる事は断定し断定できない事は断定しない。物事の探求に際してはこの着実な経験主義的な姿勢が重要と思う。

〇東洋の合理思想を抽出した哲学者・末木剛博氏が言うように「縁起」「空」という概念はあくまで述語であって主語にはならない。主語にする事は実体化するという事である。現実に存在する現象を主語とし、その主語に関する述語として「縁起」「空」等の「理」が語られる。ここが西洋思想との違いである。

〇東洋思想で語られる「理」(法則)は西洋で「ゴッド」「一者」「イデア」「自我」「理性」「物質」等々の語で語られる形而上学的存在ではなく、現実の現象に即した「あり方」を意味する。東洋的思考では事(現象)から離れた理(法則)は存在し得ないと考える。朱子学ですら理は気=現象を離れない。

〇東洋における経験主義は例えば南方仏教の「無我相経」という経典に典型的に表れている。この中で仏陀は「全ての存在は無常である」という証明抜きの形而上学的な説き方はしない。認識し得る色・受・想・行・識(五蘊=人間存在の構成要素)の一々について「常か無常か」と着実に確認していくのである。

〇「我々日本人は本来西洋の圏外にいるのだから」と書いたが、西洋文明の源泉は地中海・オリエント世界である。地中海沿岸地域及び中近東を指す。地中海・オリエント的思考の枠組みからも離れて俯瞰する必要があると思う。石屋の憧れ「偉大なる東方=グラントリアン」とは地中海・オリエントの事である。


https://twitter.com/kikuchi_8/status/915261437592793088


(了)

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# by kokusai_seikei | 2017-10-06 00:17 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:新自由主義の帰結は巨大私企業群による集産主義体制である

〇昔の社会主義思想では巨大資本による寡占化が進んだ資本主義は社会主義の前段階と捉えられていた。つまり「生産力に見合った生産諸関係の再編=社会主義革命」直前の段階と見られていた訳である。無論その予想は外れたが、生産手段がごく少数の多国籍企業に寡占される状況は実は社会主義的だと言える。

〇巨大資本による寡占化を肯定する新自由主義は社会主義と対立するように見えて「生産手段の独占」を肯定する点で実は昔の社会主義に近い思想なのではないか。社会主義政府は本当は資本家の所有物だったので社会主義政府による生産手段の所有は資本家が所有するのも同然だった。ネオリベと同じ帰結だ。

〇ネオリベはネオリベ批判者を社会主義者扱いする事があるが、実は「少数者による寡頭独占」を肯定する点でネオリベこそ社会主義者に近いと言える。昔の社会主義者は資本の所有と経営が分離し寡占化が進んだ資本主義を社会主義に近い段階だと見ていた。その状況を肯定するのがネオリベ。同根だと思う。

〇唯物史観のおかしい所は歴史の動因とする「生産力」を実体的に捉えている所だろう。「生産力」は科学の発展による。科学の発展は人間の精神活動による。つまり生産力の発展は人間の精神活動に依存する。であるから「上部構造」が「下部構造」の核である生産力を規定する側面があるとも言える訳である。

〇唯物史観もプラトン以来の西洋哲学史の伝統を色濃く受け継いでいると言える。プラトンが「イデア」、ヘーゲルが「絶対精神」としたものを唯物史観では「生産力」とする訳である。「究極の実体」「究極の動員」みたいなものを想定する発想がプラトニズムの公式なのである。唯物史観も西洋の伝統に忠実。

〇森嶋通夫が言うように唯物史観は産業革命期の英国の状況を説明するのには適している面があった。しかし、「18世紀の英国」という時間的空間的限定を離れて世界の歴史全般に当てはめる事は無理である。前にも書いたが歴史(観)とは一つの解釈である。歴史観を絶対のドグマにする事は傲慢なのである。

〇唯物史観の公式を日本史に当てはめてあれこれ論争する「日本資本主義論争」というのがあった。共産党系の講座派と無産政党系の労農派の対立である。唯物史観の公式は産業革命期の英国の説明であり、それとは全く事情が異なる我が国の歴史に適用する事はできない。特定の歴史観をドグマ化するのは愚か。

〇皮肉にもロシア革命の史実が唯物史観の公式を否定。当時のロシアは資本主義は未発達だった。唯物史観では生産力の発達が生産諸関係と矛盾する事で革命に至るとするが、当時のロシアにはその条件が欠けていた。それでも「革命」は起った。人工芝革命は歴史の必然ではなく資本家が人為的に引き起こす。

〇過去の歴史は現代を考える鑑になる。TPPや日欧EPA、TiSA、水道民営化等の「グローバル化」やジョージ・ソロスらが世界中で引き起こしている人工芝革命つまりはNWO征略は「歴史の必然」ではなく特定の集団の意志と計画、組織的動員によって引き起こされている純然たる人為的な現象である。

〇旧ソ連のような社会主義国家では生産手段を「共有」ではなく政府を牛耳る集団(「共産貴族」等の特権階級のみならず背後の国際金融資本家を含む)が「独占」した。新自由主義では「多国籍企業群が(ISD条項等によって)政府を支配し生産手段を独占する事」を狙う。実質的には同じ事だと言ってよい。

〇簡単に言うと新自由主義もかつてのソ連型社会主義も「富と権力の寡頭独占支配」が現実の帰結である。ネオリベが論敵を「社会主義者」呼ばわりするのは、己自身が社会主義者と同じだからこそ誤魔化しているのであろう。裏権力の影響下にあるイデオロギーはどれも「富と権力の独占」という帰結になる。

〇社会主義者は現代のような寡占化が進んだ資本主義を「社会主義化の前段階」としてある意味肯定した。新自由主義者も同じくこのような資本主義を肯定する。寡頭独占資本家は実は「競争」が大嫌い。ロックフェラー1世は「競争は悪だ」と言った。競争に脅かされる事無く富を独占するのが彼らの「理想」。

〇競争を嫌う寡頭独占資本家が「自由競争」を強調するのは市場をこじ開けようとする時である。例えばEUは日欧EPAなどで我が国に対して「非関税障壁の撤廃」を要求している。法律を制定したり、独自の規制を行なったりする事は国家主権の一部である。これを撤廃する事は外国資本への屈服を意味する。

〇寡頭独占資本家が「自由競争」を主張するのは市場をこじ開けたり「競争」すれば(実は競争になってないが)必ず勝てる時だけである。かつての社会主義者は寡頭独占状態の資本主義を社会主義一歩手前としてある意味肯定した。寡頭独占を肯定する点でネオリベも同じである。経済思想における左右両建だ。

〇経済決定論に立つ主流の社会主義者はヒューマニスト=人道主義者ではない。彼らは人間の意志を超越した「歴史の法則」を想定するので寡占状態の資本主義がどんなに非人道的でも社会主義の前段階と考えある意味で「歓迎」する。同じく新自由主義者も「市場原理」という法則を信奉し寡頭独占を肯定する。

〇社会主義者と新自由主義者は実は似ている。個々の人間の意志を超越した社会的な意味での「法則」を信じ、社会的経済的な現象は「法則」が決定する必然だと考える。寡頭独占資本主義について社会主義者は「社会主義の前段階」として「歓迎」し、新自由主義者は「市場原理」の当然の帰結として肯定する。

〇巨大企業を批判すると「社会主義者」みたいなレッテル貼りをされる場合があるが、実は巨大企業による寡頭独占を肯定する方が社会主義者に近い。マックス・ウェーバーが言うように巨大化した近代の企業体は官僚制と同質である。生産手段を独占する巨大な私企業群を「政府」にすれば社会主義体制になる。

〇「生産手段を独占する巨大な私企業群を「政府」にすれば社会主義体制になる」と書いたが、昨今の「自由貿易協定」に盛り込まれているISD条項はこれを実質的に実現する為の毒素条項である。ISD条項によって巨大私企業が実質的に政府を支配下に置き、政策や立法を左右する事ができるからである。

〇「NWOは世界社会主義体制」と言われる事があるが、「生産手段を寡占ないし独占する巨大私企業群が全世界の政府を支配する」事は確かに実質的に社会主義体制と同じである。新自由主義・市場原理主義の行きつく所は実は社会主義体制だという逆説である。これも弁証法戦略から導き出される陰謀だろう。

〇新自由主義・市場原理主義の「役割」とは、巨大私企業の横暴を許し、寡占状態を増々進展させる為の「露払い」と考えると辻褄が合う。そして生産手段を含むあらゆる財を独占する巨大私企業群がISD条項などで政府を支配下におけば、それは実質的に社会主義体制である。社会主義実現の為の新自由主義?

〇仏蘭西では社会主義を「集産主義=コレクティビズム」と呼ぶらしい。生産手段の集中化を唱える主義である。この定義からすると、国際金融資本家が支配する巨大私企業群があらゆる富を独占(集中化)し、なおかつISD条項で政府機関をも支配下に置くなら、それは実質的に集産主義体制の完成である。

〇市場原理主義の行きつく先。実は集産主義体制に向かっている。新自由主義・市場原理主義が導く所は一見それらの主義とは真逆に見える集産主義体制である。規制を撤廃していけば巨大企業の独り勝ちになり、生産手段をはじめとする財の集中化が進むのは必定である。ネオリベ政策→寡占化→集産主義体制。

〇ネオコンの正体はトロツキー主義者だが、ネオリベの正体は寡頭独占を肯定する集産主義者だと分析する。もう一度整理する。①ネオリベ政策で規制を撤廃する②巨大企業の独り勝ちが進む③巨大私企業群に富が集中する(集産化)④ISD条項などで政府を支配下に置く➄集産主義(社会主義)体制の完成。

〇ネオリベが論敵を「社会主義者」呼ばわりするのは、ネット右翼が論敵を「サヨク」呼ばわりするのと同じである。ネオリベが導く所は集産主義であり、ネット右翼が信奉する清和会一味はネオコン=偽装転向トロツキスト=サヨクである。つまり、他者に自己投影しているだけである。左右両建に過ぎない。


https://twitter.com/kikuchi_8/status/897495108299309056


(了)

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# by kokusai_seikei | 2017-09-29 00:18 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:TPP、RCEP、日欧EPA、TiSA、日米FTA、FTAAPは全て多国籍企業が国家を支配する為の両建オプション。全方位警戒すべき。

〇安倍一味は米国抜きでもTPPをやろうとしているが「自由貿易協定」は「国家VS国家」ではなく「国際資本VS国家」の問題なので米国抜きでもTPPが危険である事に変わりはない。「日米FTAかTPPか」「日米FTAに比べたらTPPの方がマシ」などの両建誘導に乗るべからず。どっちも同じだ。

〇安倍一味は今も諦めずに「米国抜きのTPP」を実現しようとしているので要注意である。米国抜きでTPPを締結し、後から有利な条件で米国が参加し、さらには中国なども参加し、最終的にはFTAAPにまでもっていこうとする可能性もある。何としてもTPPという「入口」の段階で阻止すべきである。

〇米商務長官の「米国抜きのTPPに反対しない」発言は不気味である。TPPの交渉経過を見てそこでの合意以上の有利な条件で2国間交渉を行う算段か、後からより有利な条件でTPPに参加する狙いか。【<ロス米商務長官>米抜きTPP「反対しない」】https://mainichi.jp/articles/20170511/k00/00m/030/180000c

〇安倍一味は今もTPPを諦めず、関係国の会合は続けられており、ニュージーランドは国内手続きを完了。米国がTPPから抜けたと言っても油断してはいけない事を再認識した。米国抜きのTPP実現から米国さらには中国が参加し一気にFTAAPを実現する狙いの可能性も。引き続きTPPに注意が必要。

〇米国抜きの11か国でTPPを締結し、参加手続きを迅速化して米国を復帰させる事を狙っているようだ。安倍一味をはじめ各国の国際資本の手先達はあくまでTPPに固執するゾンビのような連中である。【TPP早期発効、11か国結束…米復帰も準備へ】https://news.infoseek.co.jp/topics/20170512_yol_oyt1t50174/

〇米国側も商務長官が「米国抜きのTPPに反対しない」などと言っているので場合によってはTPPに復帰する算段なのではないかと疑う。米国が復帰してもしなくてもTPPは国家VS国家ではなく国際資本VS国家の問題なので断固反対すべきである。「TPPは終わった」と思い油断するのは禁物である。

〇自民党は中国主導のAIIBや「一帯一路」構想に積極的に関わる姿勢を公然と示し始めている。安倍が以前から実現したいと公言しているFTAAPに繋げる狙いではないか。安倍一味は「反中国」でも何でもない事が分かる。彼らは根っからのグローバリスト(売国奴)である。「愛国保守」は単なる偽装。

〇「一帯一路」構想とは中国西部から中央アジアを通って欧州に至る「シルクロード経済帯」(一帯)と中国沿岸部から東南アジア、インド、アフリカ、中東、欧州へと連なる「21世紀海上シルクロード」(一路)からなる中国主導の経済圏構想である。これは中国が主導するワンワールド征略と言えるだろう。

〇安倍は統一協会の影響下にある日韓トンネル構想を支持し、日本と朝鮮半島を海底トンネルで繋げて、それをさらにユーラシアを横断する鉄道と連結し日本から欧州までを一本の鉄道で繋ぐ構想に「夢」を語っていたほどの根っからのワンワールド主義者なので「一帯一路」構想を支持していても不思議は無い。

〇自民党幹事長が香港のメディアに対しAIIB参加について「可能性もある」と語り、「一帯一路」構想についても「最大限協力していくつもり」と語った。【日本、AIIB参加の「可能性」 二階幹事長が香港メディアに語った意欲】https://www.j-cast.com/2017/05/01297010.html?p=all

〇米国主導でも中国主導でも単なる見かけに過ぎず、ワンワールド化工作である事に変わりはない。TPPにもRCEPにも「一帯一路」にもFTAAPにも賛同する安倍一味は「親米」とか「親中」ですらなくグローバル資本に忠実な手先である。それだと支持が調達できないから「愛国保守」を偽装するのだ。

〇安倍がトルコで語った「夢=アジア・欧州横断鉄道構想」。明らかに「日韓トンネル」が前提とされている。→引用:「さあ、次は東京発イスタンブール、そしてイスタンブールからロンドンにつながる新幹線が走る夢を一緒に見ようではありませんか!!」http://www.sankei.com/politics/news/131103/plt1311030003-n2.html

〇かつて安倍が訪問先のトルコでぶち上げた「アジア・欧州横断鉄道構想」は実質的に「日韓トンネル」の実現を前提としている。麻生は部会の議長として日韓トンネル実現に向けた政策提言をした。日韓トンネルを推進する安倍一味を支持しながら「嫌韓」という時点で反日右翼の両建マッチポンプが判明する。

〇習近平の「一帯一路」構想と安倍の「アジア・欧州横断鉄道」構想は発想がそっくりである。安倍一味と中国共産党が対立を装いつつ広域圏創設に誘導する両建・弁証法戦略。その証拠に自民党はTPPだけでなくRCEPやFTAAPを推進し、「一帯一路」構想やAIIBにも積極姿勢を見せ始めている。

〇署名11か国の中で安倍一味が最も「アメリカ抜きのTPP」に熱心らしい。どこまでもグローバル資本に忠実な走狗である。連中が諦めるまでTPPに関してはいささかも油断はならない。

〇安倍一味は「米国抜きのTPP」に前のめりだが、それだけではなくRCEPや日欧EPAも推進している。RCEPは中国も交渉参加国なので「TPPは対中防衛策」は完全に嘘だったと分かる。そもそもTPPが「米国と組んで中国を包囲する為のもの」なら米国が離脱した段階でTPPを抜けるのが筋。

〇TPP・RCEP・日欧EPAなど全方位でグローバル化政策を強行する安倍一味は根っからのグローバリストで国際金融資本の走狗である。保守派を騙す為に「対中防衛の為」と嘘をつくのが常套手段だが米国がTPPから離脱してもなお熱心にTPPを推進する時点で「対中防衛」が嘘だったと気付くべき。

〇どんな売国政策も「対中防衛」と言えばすぐに騙される保守派の単純な思考は問題である。安倍一味は「愛国保守」ではなく新自由主義者でありネオコンでありグローバリストの一派である。それが分かった上で「仕事」として安倍擁護をする反日右翼工作員でなければ保守派の人はいい加減気づくべきである。

〇安倍一味が加計問題すら煙幕にしつつこっそりとEUとEPAの交渉を行なっている。日欧EPAはTPPやRCEP以上に報道が少ない。日欧EPAもTPPやRCEPと同じである。ISD条項などを通じて国際資本(米国、中国、欧州など特定の地域に縛られない)が国家を支配する枠組である。要注意。

〇「自由貿易協定」の類は「日本対米国」「日本対中国」「日本対欧州」の問題ではなく「国家対国際資本」の問題である。ISD条項などによって国家が自主的な政策決定を行なう事が事実上できなくなる枠組みだ。実際に韓国は米韓FTAで多国籍企業の利益に反する法律を制定する事ができなくなっている。

〇国際資本とか多国籍企業は米国とか欧州いう国境を超えるから「国際」であり「多国籍」である。その「国際資本」「多国籍企業」が相手である以上、TPPもRCEPも日欧EPAも同じ事である。その枠組みを拡大していけば最終的には巨大私企業が国家を支配する枠組み=NWOに至る。それが狙いだ。

〇だから「TPPは賛成、RCEPは反対」「RCEPは賛成、TPPは反対」「TPPは反対、日欧EPAは賛成」などは筋が通らない。事の本質を見誤っているか、両建戦術として意図的に誤誘導しているかのどちらかだろう。TPPに反対ならRCEPや日欧EPA、FTAAPにも反対するのが筋である。

〇安倍一味は色々なスキャンダルすら煙幕にしながら日欧EPAを推進している。関税の9割超を撤廃する気のようだ。「TPPはダメだが日欧EPAはよい」などという事はありえない。国家主権を国際資本に奪われるか否かという問題である。TPPも日欧EPAもRCEPもFTAAPも全て本質は同じだ。

〇日経新聞はCSISと合同でジャパンハンドラーズを招いたシンポジウムを開催したり「日経・CSISバーチャル・シンクタンク」なるシンクタンクを設立している。つまり日経の主張はCSIS・ジャパンハンドラーズの意向と見るのが妥当。その日経がTPPと共に日欧EPAの早期締結を催促していた。

〇日経は去年の段階でTPPの承認と日欧EPAの早期合意を催促していた。CSISと一体化している日経の主張はジャパンハンドラーズの意向と見て間違いなかろう。日欧EPAもTPPと同じく裏権力の意向という事である。目立たないだけに余計厄介だ。https://www.nikkei.com/article/DGXKZO04973530Y6A710C1PE8000/

〇日経(ジャパンハンドラーズの声)は「TPPと日欧EPAの二正面作戦で行け」と安倍一味に「指示」している。まさにTPPと日欧EPAの両建戦術である。だが安倍一味はTPPと日欧EPAだけでなくRCEPやFTAAPも目論んでいる。場合もよっては日米FTAもそこに加わりかねない。要注意。

〇「ジャパンハンドラーズの意向」を知りたければ日経新聞の主張を見ればよい。CSISと日経新聞は合同のシンクタンクを設立する程一体化しているので日経はCSISのスピーカーだと言える。その日経が「日欧EPAを早期合意せよ」と催促しているので日欧EPA推進は裏権力の意向と分かるのである。

〇今まで使っていた「大筋合意」を「大枠合意」と言い換えてまで己らの「実績」アピールの為に日欧EPAを急ぐ安倍一味。一時の己の利益の為に国家の未来に禍根を残す事を「売国」と言う。この連中の数々の「売国の実績」なら天下に知られている。https://www.agrinews.co.jp/p41211.html

〇RCEPでも日欧EPAでも安倍一味の方がISD条項設定に積極的らしい。ISD条項は国際資本が国家を鉄鎖に嵌めて事実上独自の政策の実行や法律の制定ができなくなる枠組みである。その事は米韓FTA後の韓国を見れば明らか。なんでこの連中を「愛国保守」と考える人がいるのか不思議でならない。

〇関税撤廃とISD条項設定という謂わば「国家主権の放棄」や国民の生存権を脅かす水道民営化、移民政策という無国境化に前のめりな安倍一味のどこが「愛国保守」なのか。「愛国保守」は保守層を騙す為の偽装である。彼らは小泉一派と同じく正真正銘のグローバリストにして国際金融資本の手先である。

〇「新自由主義」「自由貿易協定」と言う場合の「自由」は「国際金融資本家の自由」「巨大多国籍企業の自由」であって決して庶民の自由ではない。フリーメイソンの「友愛」が「結社員同士の友愛」なのと同じである。ネオリベ勢力は一部の者の「自由」を庶民の「自由」であるかのように偽装するのが常。

〇「自由貿易協定」の主目的は自由貿易ではなく国家の支配と見るべき。日本は元から自由貿易を行なってきた。関税自主権は自由貿易と矛盾しない。国内の産業保護の為に必要な国家の基本的権能である。他国には市場開放を強要してきた英国は印度綿に高関税を掛けて自国産業を保護したお蔭で経済発展した。

〇欧米の資本家及びその手先が声高に「自由」を主張し「規制緩和」「市場開放」を要求するのはそれが確実に己の利益になると分かっているからである。利益にならないのであれば昔の英国の「キャラコ禁止法」のように「自由貿易」を制限する事もある。ただの私益に普遍的正義の衣を着せて騙す手口である。

〇TPPの時ほど日欧EPAへの反対は盛り上がっていない。「米国は悪だがEUは善」という無意識の刷込みがあるからかもしれない。米国もEUも裏権力の拠点である。相手は国境を超える国際資本である。「米国だけが悪でEUは善」なる刷り込みは思わぬ死角を生む事になる。両建に騙されてはならない。

〇「米国はタカ派、EUはハト派」みたいなイメージが浸透しているが、それこそ両建の罠である。EUは決してハト派ではない。リビアやウクライナ、シリアへの侵略には米国だけでなくEUも関与している。またビルダーバーグ会議には米国のネオコン連中と欧州側の重鎮が同席している。つまり仲間である。

〇「EU善玉」イメージは存外に根強い。特にリベラル派や反米保守派の一部に見られる。米国批判は鋭くてもEU側に対しては何故か甘く矛先が鈍るのである。その結果TPPには反対するが日欧EPAやRCEPには反対しないなどという事が起こる。両建に嵌められている。米・欧の支配中枢は一体である。

〇以前「米国と欧州は両建」と指摘すると「米国と欧州には上位権力が存在しないので両建ではない」という反論を受けた事があるが、「米国」「欧州」というのは単なる拠点に過ぎず、権力の本体は国境を超える支配グループである。個人的には「国際秘密力」と呼んでいる。文字通り「国際的な権力」である。

〇朝日新聞は「日欧EPAで保護主義の拡大を食い止めよ」みたいな事を書いていた。加計問題など表面的な問題でいくら安倍一味批判をしようが国家の命運に関わる問題では売国政策を援護する訳である。右と左で表面的な対立を演じつつ協働して「裏権力案件」の実現に誘導する。これが「左右両建」である。

〇反日右翼は朝日新聞を「アカヒ」などと罵っているが朝日新聞も結局は安倍一味の仲間である。表面的な批判はいくらでもするが肝心の壊国政策になると途端に擁護に回る。安倍がドゥテルテにミサイル供与を提案したというフィリピン地元紙の報道を真っ先に否定していたのも朝日だった。左右両建グル構造。

〇日欧EPAの英語資料の「政府調達」の項目に仏蘭西の水処理企業・ヴェオリアが事例として載っているそうだ。日欧EPAは農業や自動車のみならずインフラ分野への外国企業の参入自由化が企まれている可能性が大。日欧EPAは水道民営化の企みと連動。食料のみならず社会的インフラまで狙われている。

〇国際金融資本を中心とする裏権力と手先の安倍一味はTPPがダメだからと今後は日欧EPAやRCEPを推進している。これこそが両建戦術である。彼らは一つの計画がダメになっても代替オプションを幾つも用意してリスクヘッジする。日欧EPAはTPPと同じだ。複眼的視点が無いと騙されてしまう。

〇日本とEUの企業関係者の会合でEUの高官が今後の交渉で非関税障壁の撤廃を急ぎたい考えを示したそうだ。非関税障壁とは日本独自の規制や安全基準などの事である。つまり「非関税障壁の撤廃を急ぐ」とは「国家主権の侵害を急ぐ」という意味である。「自由貿易協定」とは「国家に対する支配」である。

〇米韓FTAでISD条項を呑んだ韓国は自主的な規制や法律の制定が事実上できなくなっている。日欧EPAでEUの高官が「非関税障壁の撤廃」を言い始めたという事は「対日支配」という真の狙いを見せ始めたという事である。安倍一味はスキャンダルすら煙幕にしてとんでもない売国政策を推進している。

〇EU側が真の狙いを見せ始めた。引用:今後のEPA交渉では日本独自の規制や安全基準などの非関税障壁の撤廃についても協議を急ぎたい考えを示しました。【EU高官 日本と大枠合意したEPAの意義強調】http://archive.fo/jwpbq

〇「非関税障壁」とは関税以外の規制を指す広い概念である。非関税障壁≒国家主権。「障壁」などという表現をしているが、独自の規制や安全基準の制定は主権を持つ独立国家として当然持つべき権能である。「障壁」と言うマイナスイメージを植え付けてワンワールド化に誘導する印象操作と言う他はない。

〇日欧EPAの「大枠合意」にこぎ着けた段階で「非関税障壁の撤廃を急ぐ」と言い始めたEU。これが真の狙いと見る。「自由貿易協定」は「自由貿易」を口実に国家主権を制限しつつワンワールド化を推進する手段となっている。この点で日欧EPAもTPPもTiSAもRCEPもFTAAPも全て同じだ。

〇TiSAの交渉はTPPなどより秘密性が高くTPPから離脱した米国も参加している。サービス貿易の自由化を推進する「協定」。サービス貿易と言ってもかなり広範である。ヴェオリアの水道事業やベクテルの建設事業が含まれている。インフラそのものが多国籍企業に牛耳られかねない危険な協定である。

〇TPPが頓挫したと言ってもTiSAの秘密交渉は継続されているし、日欧EPAで「非関税障壁の撤廃=国家主権の侵害」が目論まれている。代替オプションを幾つも用意して多角的に攻めるのが両建戦術のやり方である。どんなものが出てきても「自由貿易協定」と聞けば「壊国政策」と思って間違いない。

〇安倍一味の日欧EPA強行でEU首脳陣は大喜び。しかも「日本は巨大な経済圏であるEUにはかなりの譲歩をした」とさりげなく安倍一味の売国が暴露されている。【「日本は英国よりEUを選んだ」日欧EPAで英国が受けた衝撃、その意味とは】https://newsphere.jp/world-report/20170712-4/

〇安倍一味は愛国保守を偽装するが「ジャパンファースト」の実行者ではなく「グローバルファースト」の実行者である。EUに「かなりの譲歩」をして日欧EPAを締結しEU首脳陣を大喜びさせた。勿論EUを支配しているのはビルダーバーグ会議に集う裏権力の連中である。安倍一味は彼らの忠実な走狗。


https://twitter.com/kikuchi_8/status/855831135158325248


(了)

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# by kokusai_seikei | 2017-09-29 00:09 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)