ツイートまとめ テーマ:安倍一味の陰険で下劣な密偵政治は「究極の密偵政治」であるNWOのミニチュア版

〇「総理のご意向」と書かれた内部文書の存否について文科省が省内調査したところで「ありませんでした」と言うに決まっているだろう。森友問題にしろ、加計問題にしろ、東京地検特捜部は安倍一味を捜査しようともしない。ジャパンハンドラーズの手先である特捜部は清和会一味には絶対に手を出さない。

〇元文部科学省事務次官が加計学園獣医学部新設について「首相の意向」と書かれた内部文書は存在すると証言した。そろそろ安倍一味は「年貢の納め時」と言えるだろう。元次官の私行について週刊誌みたいな記事を書いた読売はやはり清和会一味の機関誌的な「CIAポダム新聞」だと再認識した次第である。

〇国家を私物化する安倍一味は長く権力に居過ぎて傲り昂ぶり腐敗しきっている。壊国売国のやり放題だ。石破など他の傀儡候補による対安倍両建抗争にも注意が必要だが、やはり安倍一味は権力の座から追放すべきである。国の根幹が腐る。「美しい国」などと朝鮮カルトの標語を使う連中程醜く腐敗している。

〇こんな事を言っている自民党幹部もいるらしい。どう見ても真っ黒である。→「加計学園しか取れない新設の条件なんだから、40年にわたる悪友関係の安倍首相と加計氏のあうんの呼吸で便宜を図ったのは明白。明らかに政治的な動きがあったはずだ」http://www.excite.co.jp/News/politics_g/20170525/asahi_2017052500085.html?_p=2

〇メディアで加計問題の追及が始まり元文科省次官が決定的証言をした。安倍の後釜を狙う石破の動きも気になる。裏権力の「安倍降ろし」の本格化にも見える。裏権力の両建抗争に注意する必要があるが、それは別としてもやはり国家を私物化する安倍一味を権力の座から追放する必要がある事に変わりはない。

〇陰謀追及においてはまずは「両建」を見抜く必要がある。では一端見抜いたら次はどうするか。「両建に乗せられない為にどちらも批判しない」では意味がない。「両方批判する」が正しい。その時々の情勢で優勢な方を優先して追及する。両建抗争に目を配りつつも今は安倍一味を全力で追及すべきである。

〇両建に気を遣うあまり「どちらも批判できない」となってしまうと本末転倒である。両建のコマは全部「あっち側」なので遠慮なく批判すべきである。その時の情勢で優勢な方を優先的に叩くのみである。常に全体の構造に気を配りつつ両建の根っ子を見据えているなら両建のコマとして利用される恐れは無い。

〇首相補佐官が文科次官を呼び出して学部の新設手続きを催促していたのなら「忖度」どころではない。明確な圧力である。【<加計学園>首相補佐官が前次官に要請 新設手続き「早く」】https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170527-00000002-mai-soci

〇「国家戦略特区」というネオリベ政策は学部の設置基準を「安倍のお友達」に都合よく設定するなど一部の者に利益誘導するように運用されていた実態が明らかになりつつある。そもそもネオリベは弱者を切り捨てながら「自由競争」を謳いつつその実一部の者に利益誘導する没義道な経済イデオロギーである。

〇一般国民とりわけ弱い立場にある人を切り捨てながら「自由競争」を謳うが決して公正な競争など保証せず売国権力者と繋がりのある一部の人間に利益誘導する。これがネオリベ政治の正体である。富の再配分にも気を使った田中角栄の「金権政治」の方がマシだ。ネオリベ悪政には「情」も「理」も何も無い。

〇「総理のご意向」と書かれた文科省の内部文書は存在すると証言した前川前次官に対して安倍側は人格攻撃に終始している。「内部文書は存在する」という証言に対して論理的に反論できないから人格攻撃をするしかないのだろう。CIAポダム新聞の週刊誌モドキの記事もその一環だろう。下劣で下品過ぎる。

〇「反論できないから人格攻撃をする」とは工作員がよくやる手口である。しかも下級工作員のやり方。つまり、安倍一味のやっている事は下級工作員レベルである。安倍を必死に擁護している中級工作員の方がレトリックを使うなどまだいくらか知的である。安倍一味は彼らの手下の工作員よりレベルが低い。

〇売国一味に対する告発者に対しては警察組織を使って私行を調べ上げ、その情報を手先の新聞に流して書き立てさせる。恥も外聞もない下品で下劣で陰険極まる露骨な密偵政治だと言えるだろう。まるで宦官とかジョゼフ・フーシェみたいなやり方である。「美しい国」は売国奴の醜さを誤魔化すカルト標語だ。

〇警察の情報網を悪用した近代の密偵政治はフランス革命時のジョゼフ・フーシェが創始した。フーシェは近代警察そのものの創始者である。フーシェは後のナポレオン帝政下でも警察大臣を務め長らく陰険な密偵政治を継続した。「情報を握り統制する」フーシェの手口は国際秘密力の支配戦術の基本である。

〇ブレジンスキーは全世界の個人情報を一元的に管理する「テクノトロニック時代」と呼ぶ未来像(実際にはNWO構想)を唱えた。これはフーシェ的な密偵政治の究極の形と言える。前川氏に対して安倍一味が行なったような陰険な密偵政治を全世界レベルでやるのがNWOである。NWO=究極の密偵政治。

〇マイナンバー、FBの推奨、ビッグデータの利用など近年裏権力が個人情報の一元化を推進しているが、ブレジンスキーの「テクノトロニック時代」構想に沿う動きである。彼らが個人情報の収集に拘るのはそれが権力に直結するからである。全世界の個人情報の一元的管理は全人類の支配とほぼ同義である。

〇警察の情報網を悪用したと思われる安倍一味による前川氏に対する陰険な個人攻撃はNWOのろくでもなさを教えてくれる。安倍一味の下品で下劣な密偵政治はNWOのミニチュア版である。NWOとはこのような下劣な密偵政治を全世界に敷く事である。NWOは究極の密偵政治。まともな人間は反対する。

〇時の政権の手足となって政権に対する告発者や批判者を潰す為に個人情報を収集するような「捜査機関」に共謀罪のような武器を与えたら恣意的運用をする事が目に見えている。日本政府自体が日本人の手から離れて売国奴に牛耳られている事が問題の根本である。「売国奴の追放」が何より優先事項である。

〇NWOを分析するにはフランス革命の経過を見るとよい。「自由・平等・友愛」という「理想」を掲げて革命を起こしたが、結局独裁と血の粛清を招き、最後はフーシェの密偵政治に終った。表看板と現実の中身はまるで違う。NWOは究極の密偵政治に帰結する。「目玉」は密偵政治のシンボルと考えるべき。

〇「オールシーイングアイ=万物を見通す目」は結社のシンボルとして陰謀追及界隈ではお馴染だが、これは「智慧や叡智の象徴」ではなく「個人情報を盗み見たり、個人の私生活をのぞき見する事の象徴」と捉えるべきだろう。目玉のシンボルは奇しくも高尚ならざるNWOの本質を表していると言えるだろう。

〇全ての問題の根源は売国勢力が政府の中枢を占拠している事。制度や法律以前の事実上の問題である。共謀罪にしろ何にしろ我が国の政治問題を考える場合はこの事を前提にする必要がある。売国勢力の告発者の私行を暴くような私兵化した官憲に共謀罪という武器を与える事は危険。恣意的運用の恐れが強い。

〇法律を実際に運用するのは現実の法執行組織である。政府組織が売国勢力によって支配されて走狗化している現状であれば、どんな法律を作った所で恣意的運用がなされる可能性が高い。売国勢力の駆逐が何より優先する所以である。この事実問題を抜きにして法律論だけで抽象的に考えても全く意味がない。

〇警察と新聞を使った露骨な密偵政治。2000年代初頭から始まった清和会一味の悪政も来る所まで来た観がある。悪政ぶりがあまりにも露骨で常軌を逸している。表面的に取り繕う事さえしなくなった。【警察官僚の手先となり前次官追い詰める読売新聞】http://blogos.com/article/225418/

〇逆に露骨な権力発動は屋台骨が揺らぎ弱体化している証拠と見る事もできる。権力が確立しているなら前川氏のような告発者が出る余地も無いはずである。安倍一味も所詮は裏権力から力を与えられているだけの傀儡に過ぎない。裏権力の走狗同士の両建抗争もある。常に走狗の背後を注視しておくべきである。

〇官房長官という権力の立場にある者が元事務次官とはいえ現在私人である人物に対して公の場で人格攻撃するというのも常軌を逸していて気持ちが悪い。権力に上せて傲り昂ぶり過ぎて色々なネジが飛んでしまっているのではないか。ネット右翼レベルの感覚でいるように見える。湯川陽菜のアメンバーだけに。

〇清和会系の政治家を中心に湯川陽菜と交流していた反日右翼の連中の事を忘れるべきではない。彼らが湯川と接触し湯川の民間軍事会社で何をしようとしていたのか未だに未解明だからだ。反日右翼陣営の巨大な闇の一つがこの湯川陽菜の民間軍事会社の件である。この件はしつこく覚えておく必要がある。

〇公安と言えば左翼過激派だが実はこの両者フランス革命という同時期に誕生している。近代の公安警察は左翼過激派の元祖であるジャコバン派が作り出したと言っても過言ではない。「テロリズム」は本来過激派の公安組織による恐怖政治を意味した。公安警察と左翼過激派は歴史的起源からして両建だった。

〇ジョゼフ・フーシェはジャコバン派のロベスピエールの子分だった。つまり左翼過激派の元祖の子分が「近代警察の父」なのである。意外だが公安と左翼過激派の起源は同じなのである。近代公安警察を最初に作ったのが過激派の元祖のジャコバン派。ジャコバン派の母体は大東社なので公安の起源は仏系石屋。

〇そして、フーシェに私淑して我が国に近代警察の制度を持ち込んだのが大久保利通の子分の川路利良である。川路は西郷に暗殺団を送ったり、黒田清隆の妻殺しを隠蔽したりした。公安警察はジャコバン派が政治的粛清を実行する為の組織として誕生したが、川路の配下も薩摩閥=親英派の私兵として機能した。

〇安倍一味のスキャンダルが次から次に出てくる。用済みの走狗は捨てられる。「地位に恋々と」しているのは前文科次官ではなく安倍一味の方である。権力は無常。いつか終わりが来る。無常なものに執着するから苦しみが生じる。無常なものに執着しなければ苦しみは消える。今も昔も変わらない道理である。

〇お雇い外国人のボアソナードを見ても分かるように明治政府は独逸系啓蒙主義の影響が強まるまでは仏蘭西系の影響も強かった。川路が輸入した警察制度もフランス発祥である。近代文明は右を辿っても左を辿っても結局同じ所に行き着く「両建」構造なのだなと公安警察と過激派の歴史的考察で改めて思った。

〇フランスの過激派が生み出した公安警察の制度は中央集権的な組織と広域に張り巡らされた情報網を備えている。非常にシステマティックな権力機構という点で近代文明の典型的産物だと言える。ギロチンも苦しみを与えない「進歩的」な処刑器具とされた。これらは近代イルミナ思想の具現化の一類型である。

〇人口知能という近代科学の頂点に生まれた先端技術を利用した世界全体の管理統制という発想は近代イルミナ思想の「究極形態」だと言える。コンピュータネットワークを使った全世界の個人情報の一元的管理(テクノトロニック時代)という発想もフランス革命時のアナログな公安情報網の「進化形」である。

〇安倍一味は公権力の座に居ながら一私人に対して公然と人格攻撃するなど言動が幼稚でまるでネット右翼だ。そもそも何故この程度の連中が「政権」の座に就けるのかというとジャパンハンドラーズの「日本の総理は馬〇にしかやらせない」という方針による。〇鹿の背後にいる連中こそ真の権力(犯罪)者だ。

〇石破に続き岸田まで公然とポスト安倍の話が出ているという事は安倍「政権」の終わりも近いという事だろうか。別の走狗が新たな傀儡になるのでは意味がないし、左右両建・与野党グル構造を打ち破らないと真の救国にはならないとは言え、とにかくこの腐敗した「政権」は一刻も早く終わらせるべきである。

〇安倍一味の手先の警察官僚はまるで支那明代の秘密警察である東廠や西廠の長官を務めた宦官のようである。支那では秘密警察や密偵政治は主に宦官が担当し た。宦官の専横はしばしば王朝衰滅の原因となった。水滸伝に悪役として出てくる童貫(実在の人物)や王陽明を酷い目に遭わせた劉瑾も宦官である。


https://twitter.com/kikuchi_8/status/865598358424924160


(了)


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# by kokusai_seikei | 2017-06-01 07:32 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(2)

ツイートまとめ テーマ:英国コンサート会場自爆テロ事件は偽旗の疑いが濃厚


〇イギリスのコンサート会場でテロが発生した。英国当局は「容疑者の身元を特定した」としながらも非公表。非公表も変だが、自爆した容疑者の身元を何故そんなに早く特定できるのか疑問だ。そしていつもの如くISが速攻で「犯行声明」を出した。偽旗だとしたら「いつもの段取り通り」という感じがする。

〇容疑者は自爆して身体がバラバラになっているはずなのに何故これ程早く「カダフィ政権から逃れてきた両親から生まれたリビア系英国人」とまで分かるのか。「設定か?」と疑って当然だ。【英マンチェスター爆発、容疑者は22歳の男 リビア系英国人か】https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170524-00000001-jij_afp-int

〇英国当局は自爆犯について「身元特定された」とする一方で「正式な身元特定はされていない」とも言う。「身元特定」と「正式な身元特定」はどう違うのだろうか?正式に身元特定されていないなら身元特定されていないという事なのでは?怪しい事件では違和感のある非論理的な表現が出てくる傾向がある。

〇英国当局は容疑者の名前は公表したものの詳しい情報は非公表である。この時点で十分怪しいが「正式な身元特定」がまだなら「容疑者の身元の目星がついた」などと言うべきであって「身元特定されたが正式な身元特定はされていない」という表現には違和感がある。誤魔化しに満ちた非論理的表現に見える。

〇英国は「監視社会先進国」である。それでも「テロ」を防止できない不思議。街中に監視カメラを置いてもコンサート会場で自爆するという原始的なテロ一つ防げない。これは「防げない」ではなく「防がない」「偽旗」だと疑われている訳である。そして「テロ」を口実にさらに監視を強化するマッチポンプ。

〇「テロ対策」というなら英国の真似をしても全く無意味な事だけは確かだろう。街中に監視カメラを置いてもテロ対策には役立たない。「防いだテロも多い」と言った所で我が国では現時点でもコンサート会場で爆弾テロが起きて大量の死者を出すなどという事は起きていない。国ごとに事情が異なるのは当然。

〇それだけに似たなような偽旗テロを日本国内でも企んでいるのではないかと危惧する。事前の先読みと徹底暴露、情報拡散で衆人環視状況を作る事こそが偽旗テロを防止する真の「テロ対策」だと信ずる。

〇「テロ」後すぐに自爆犯の名前や年齢、「カダフィ政権から逃れてきた両親から生まれたリビア系移民2世」「最近リビアに渡航し数日前に英国に戻った可能性」という諸々の情報(設定?)が明らかになる。「治安機関が容疑者の存在を把握」とも。だったら何故テロを防止できないのか?偽旗臭しかない。

〇NHKのニュースで英国の市民が「テロリストを逮捕する為だったら市民の自由が制限されても問題ない」と言っていた。奇しくも「偽旗テロの目的」を簡潔にまとめたコメントだと言える。偽旗テロの目的は統制と監視体制の強化を正当化する事だと分析する。マッチポンプを暴く事が真のテロ対策である。

〇市民にこう思わせる事が偽旗テロの目的だと言えるだろう。→「テロリストがこの町にまだいるのであれば一刻も早く逮捕すべきで、そのためであればたとえ市民の自由が制限されることになっても問題はないと思います」http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170524/k10010993811000.html

〇英国にしろ仏蘭西にしろテロが起きてから「テロの警戒レベル」を最高レベルに上げる。「警戒」とはテロを事前に防止する為に行ってこそ意味がある。結局、テロを口実に統制を強化しているだけである。無駄に監視カメラを配置してもテロを防止できない。治安機関が無能か、偽旗テロかのどちらかだろう。

〇街中に監視カメラがあってもTOC条約に加盟していてもコンサート会場でテロが発生し多くの犠牲者を出すのが英国である。一方、我が国は街中に監視カメラがある訳でもなくTOC条約にも未加盟だがコンサート会場でテロは起きていない。英国の真似をする必要なし。だからこそ対日偽旗テロを警戒する。

〇「テロ防止の為に監視体制を強化する」のではなく「監視体制を強化する為にテロを起こす」と捉えるべきである。何故偽旗テロを警戒すべきかと言うと日本ではオウム事件を除けば幸いに未だ本格的なテロは起きていないからである。だからこそ監視体制強化の口実になる対日偽旗テロを警戒するのである。

〇裏権力側が偽旗テロを仕掛けるのでない限り移民社会ではない日本で本格的なテロが起きる可能性は低い。警戒しなければならないのはオウムを表看板にした偽旗テロである。メディアでオウムの話題が時々取り上げられるがオウムを定期的に印象付けて人々の記憶から消えないようにしておく為だと見ている。

〇単純に考えて、たまに左翼過激派の「テロ・ゲリラ事件」が起きる程度の日本が監視体制を強化するもテロが頻発している欧米を何故真似る必要があるのか?共謀罪も無くTOC条約にも未加盟の日本の方が欧米よりはるかに治安がよいのが現実である。何でも「欧米化」させればいいと思い込むのは愚の骨頂。

〇「我が国は街中に監視カメラがある訳でもなく」は「我が国は英国ほど街中に監視カメラがある訳でもなく」と書くつもりだった。訂正する。Nシステムもあるし監視カメラが急増し我が国でも監視社会化が進んでいる。しかし、日本より監視カメラの台数が多い英国の方がテロが頻発しているのが現実である。

〇日本は移民社会ではないので「移民がやった」という設定の偽旗テロはリアリティを欠く。よって欧米のような移民社会と違い大規模テロは起きていない。監視体制を強化するばかりでテロ防止に「失敗」している欧米を真似る必要がどこにあるか?移民政策と監視体制の強化はセット。マッチポンプである。

〇①移民政策で無国境化を推進。②民族間人種間宗教間の衝突を促す(偽旗テロ等で相互の憎悪を煽るなど)。③それを口実に管理統制・監視体制を強化する。ここにも「正・反・合」の弁証法戦略が見える。問題が無い所に敢えて問題を起こし「解決策」として所期の目的を押し付けるNWO征略の手口である。

〇民主党政権、自民党政権を通じて裏権力の走狗が共謀罪や特定秘密保護法、マイナンバー制、緊急事態条項のような管理統制強化策と同時に移民政策を推進するのは日本を「欧米社会並」にするつもりだからだ。無国境化が進み、移民が大量に流入、偽旗テロが頻発し、その度に統制が強まる「欧米社会並」に。

〇逆に言えば平和で安全な社会を守るには「欧米の真似をしない事」が大切だと言えるだろう。「グローバル基準」とやらはごく一部の欧米の権力(犯罪)者に都合がいい基準に過ぎない。欧米の裏権力犯罪者の押し付けるマッチポンプ政策(移民政策→監視体制強化など)を拒否する事が真の平和に繋がる。

〇英国当局は自爆テロ容疑者の情報を過去5年間に少なくとも5回得ていたらしい。こういう情報をストックしておいて偽旗の設定で利用するのかもしれない。わざと阻止の機会を逃したのでは?【「過激人物」と事前通報=当局、阻止の機会逃す―英自爆テロ】
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170525-00000143-jij-eurp&pos=2


https://twitter.com/kikuchi_8/status/867042046908944384

(了)


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# by kokusai_seikei | 2017-05-26 08:02 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:「共謀罪」の正体


〇共謀罪の審議が始まった。「テロ等準備罪」という名称でいかにも「テロ対策」が目的のように装っているが、対象となる犯罪は200以上。しかも、共謀罪創設の目的は国連の国際組織犯罪防止条約への加盟であるが、この条約自体も元々マフィアや国際的金融犯罪が対象でテロ対策が目的だった訳ではない。

〇「等」という表現は概念規定を曖昧にできるとても「便利」な表現である。一部でも「テロ対策」と被っていれば「等」と書いている以上「嘘」にはならないという訳である。官僚はこの種の「詭弁」に長けている。本当にテロ対策だけが目的ならストレートに「テロ対策法」と書くはずである。「等」が曲者。

〇「テロリスト」は要人は絶対に狙わない。狙うのは一般庶民だけである。裏権力とその走狗は「テロ」を口実に権力を強化する。米国のFEMA創設や愛国者法制定が典型。裏権力とその走狗にとって決して自分達を狙わない「テロリスト」は権力強化の為に不可欠な存在である。おまけに侵略のコマにもなる。

〇国連の国際組織犯罪防止条約は巧妙なNWO征略である。まず国際的な司法警察制度の枠組みを「条約」という形で作る。次に条約に加盟する「条件」を設ける事で各国の司法警察制度の統一を促す。「共謀罪」がそれ。ワンワールドの枠組みをまず作り、そこに合わせる形で各国の制度改変を実質上強要する。

〇国連の「条約」という形で各国の制度統一を促す術策。統治機構のワンワールド化を漸進的に実現しようとするフェビアン主義の方式だと言える。①国際条約を作る②各国が条約に加盟する為の「条件」を設ける③「条件」達成の為として制度改変を促す、という三段階のステップ。異常に悪知恵に長けた輩共。

〇国連ビルの中には「ルシストラスト」が入っている。神智学協会のアリス・ベイリーの一派の組織である。「ウォール街を占拠せよ」デモのポータルサイトのドメイン登録者の住所がルシストラストと同じだった。国連は「瞑想室」があったり夏至に「国際ヨガデー」を設定するなど神智学一派との関係が深い。

〇国連は公平中立な公共団体のようなイメージで喧伝されているが、実際にはオカルト団体と密接な関係を持つフェビアン主義的な組織である。神智学協会二代目会長のアニー・ベサントがフェビアン主義者だったように神智学協会とフェビアン主義は関係が深い。国連がフェビアン主義的団体だと断ずる所以だ。

〇国連が国際組織犯罪防止条約によって司法・警察制度の世界統一を図るやり方はいかにもフェビアン主義的である。何年もかけて段階を踏む事で外堀を埋めつつ各国の制度統一を促し(強要し)ている。政治家・官僚にとっては「バスに乗り遅れるな」方式で国連が作る条約への加盟は無条件に至上命令となる。

〇自民党議員が「テロ等準備罪」について「テロなんて言ってませんよ」と言った由。「テロ等準備罪」の「等」はまさにかかる詭弁を弄する為につけられているのが分かる。勿論自民党議員にそんな頭があるとも思えず(何せ自民党総裁が漢字もろくに読めないのだから。でんでん)。官僚の入れ知恵だろう。

〇共謀罪の適用対象は「組織的犯罪集団」とされているが、一般の団体が「犯罪集団」化した見なされる場合の条件は「団体の内部で犯罪目的の集団に変わるという合意があった」事だとする。潰したい団体に工作員を送り込んで構成員を煽動して組織を乗っ取り犯罪集団化させる事も考えられるのではないか。

〇「狙いをつけた集団に潜入してトップに取り入るなどして信用を得た上で徐々に集団を変質させていく」などという工作はカルト工作員にとっては
「お手の物」ではあるまいか。国会議員の先生方も「カルトから派遣された無給の秘書」などに秘密を握られて完全に言いなり、なんて事があるのではないか。

〇どうやって「確認」するのだろうか。盗聴か潜入?引用:一般の団体が組織的犯罪集団に一変したと認定するためには、団体の内部で犯罪目的の集団に変わるという合意があったと、確認することが必要【「犯罪集団に一変」は合意の確認が必要 法務省局長】http://archive.fo/ecjFH

〇「NWO=寡頭独占支配」犯罪計画を共謀している連中が国連を作り、国連が司法・警察制度のワンワールド化を推進する為に「国際組織犯罪防止条約」を作って加盟の条件を「共謀罪の犯罪化」とし、「NWO犯罪者の走狗」が「共謀罪」をせっせとこしらえようとしている(←今ここ、というやつである)。

〇法律の制定は普通はそれなりの社会的要請が背景にあるものである。しかし「共謀罪」は「テロ対策」などの日本社会の要請に基づくものではなく国連の国際組織犯罪防止条約への加盟問題という実質上の外圧が背景にある。そして「外圧」の走狗=売国勢力による日本人弾圧用の凶器もなる危険な法案である。

〇何度も言っているが国連の国際組織犯罪防止条約とは司法・警察分野のワンワールド化推進策である。条約加盟の条件として「共謀罪の犯罪化」を各国に要求。つまり「加盟したければ共謀罪を作れ」。権力強化を狙う走狗官僚など売国勢力の思惑とも一致し推進されてきた。これが事の本質。共謀罪断固反対。

〇こんな国連のNWO化推進策に参加する必要自体がない。「共謀罪」はワンワールド化と権力強化を狙う走狗官僚の思惑が絡みついた問題である。【「パレルモ条約締結のために必要」政府の説明も怪しい 共謀罪 安倍政権のペテンを糺す(日刊ゲンダイ)】http://www.asyura2.com/17/senkyo224/msg/826.html

〇「共謀罪」推進の背景は「パレルモ条約」と称される国際組織犯罪防止条約である。「テロ等準備罪」(「等」を入れる姑息さ加減)なる名称でいかにも「テロ対策の為」と印象付けようとしているが、国際組織犯罪防止条約は国際的なマフィア犯罪や金融犯罪を想定しており「テロ対策」の為の条約ではない。

〇国際組織犯罪防止条約は国連による司法・警察分野のワンワールド化推進の為の「条約」である。それを受けた売国官僚による権力強化が「共謀罪」である。ここで注意点だが野党や左派は「条約批准の為には共謀罪は必要ない」と言うが「批准する必要がない」とは言わない。左右両建で批准を推進している。

〇「国際組織犯罪防止条約を批准するのに共謀罪は必要ない」という野党や左派の論法は「TPPには反対だがRCEPには賛成」と言うのに似ている。「共謀罪も国際組織犯罪防止条約加盟も必要ない」と何故言わないのだろうか。左右両建による「司法・警察制度のワンワールド化」への誘導に注意が必要だ。

〇元警察庁長官が「私は、国際組織犯罪防止条約はマフィア対策だとずっと聞いていたから、「テロ対策」と急に言われて「へえ」と思った。」と証言。「国際組織犯罪防止条約」は「マフィア対策」とされてきた。「テロ対策」の「条約」ではない。http://www.asahi.com/articles/ASK4Q7HXBK4QUTIL01Y.html

〇共謀罪批判の論点は「官憲の権力強化が狙い」だけでは足りない。これのみでは共謀罪推進勢力が売国勢力である事を十分に示せていないからだ。国連の国際組織犯罪防止条約という司法・警察分野のワンワールド推進策が背景にあり、共謀罪推進の政治屋や売国官僚はその走狗である事を指摘するべきである。

〇共謀罪を批判するのに「官憲の権力強化に反対」と言うだけでは「そんな事を言ってもテロ対策の為にはやむを得ないのではないか」と言われた場合左派的論理では弱い。「共謀罪はテロリスト『を』取り締まるのではなくテロリスト『が』取り締まる法律だ。共謀罪推進者は売国奴である。」と指摘すべきだ。

〇共謀罪はテロリスト『を』取り締まるのではなくテロリスト『が』取り締まる法律である。アルカイダやISを見ても分かる様に世界中でテロリストを使役してきたのはネオコン・シオニスト勢力。彼らこそがテロリストの元締めだ。日本における彼らの手先が清和会一味以下の共謀罪推進勢力という訳である。

〇共謀罪を批判する場合「権力の不当な強化を許すな」というだけでは「(安倍一味や官僚は)権力強化が狙いとはいえ国家を守る意図もある」と思わせる余地を残してしまう。「テロから国を守る為に権力強化している」のではなく「共謀罪推進勢力こそがテロリストの元締めの手先で国家侵略者だ」が正しい。

〇ネオコン・シオニストが対シリア侵略ではアルカイダやISを使うように対日侵略では清和会一味やカルトを使う。アルカイダやISと清和会一味はある意味裏権力傘下の「同僚」。北朝鮮のカリアゲも同様だ。「共謀罪」とは裏権力の手先が他の手先を「取り締まる」と見せかけた日本人弾圧用の凶器である。

〇安倍一味と金一味とアルカイダやISは「裏権力の走狗」という点で同類である。走狗である安倍一味や売国官僚が他の走狗であるテロリストへの対策を口実に共謀罪を推進。走狗である安倍一味が他の走狗である北朝鮮の金一味への対策と見せかけて自衛隊と米軍の一体化を推進。全てマッチポンプである。

〇安倍は北朝鮮情勢について「シナリオ通りだよ」と言ったそうだ。要するにそういう事である。「予想通り」でも「予測通り」でも「読み通り」でもなく「シナリオ通り」という表現。安倍の窮地の度に絶妙なタイミングで北朝鮮が「ポンコツミサイル」を飛ばしているのも「シナリオ通り」なのだろうか?

〇「ネオコン・シオニストが対シリア侵略ではアルカイダやISを使うように対日侵略では清和会一味やカルトを使う」と書いた。突拍子もないようだがこれは事実。国際秘密力が国家侵略をする場合与党的勢力か野党的勢力を使う。両方使う両建戦術も基本。安倍一味や金一味は前者、ISやアルカイダは後者。

〇国際秘密力が国家侵略する場合侵略対象国の政府権力を取り込むか、取り込めなければ反政府勢力を支援する。日本の場合は安倍一味以下売国勢力が政府中枢を占拠しているので前者のケース。シリアの場合はアサド周辺に英国の影があるものの十分には取り込めていないのか反政府テロリストへの支援を重視。

〇世界的規模で見ると安倍一味とアルカイダやISが同じだという事が比喩ではなく端的な事実だと分かる。侵略のコマとして政府を占拠する売国勢力を使うか、反政府テロリスト勢力を使うかの違いに過ぎない。国際秘密力がどちらの方法を使うかは侵略対象国の情勢などの具体的な条件次第というのみである。

〇ちなみに国際秘密力が現地の政府権力や支配層を取り込む侵略手法を「憑依型戦術」、現地の反体制勢力を侵略のコマとする侵略手法を「革命型戦術」と個人的には名付けている。日本が幕末維新期以降にやられたのが前者。ロシアや支那、朝鮮がやられたのが後者。今シリアでは革命型戦術の真っ最中である。

〇「石屋」の系列で言うと英国系石屋は憑依型戦術、仏蘭西系石屋(グラントリアン=大東社)は革命型戦術。この系統分けは「右翼」と「左翼」にほぼ対応する。保守主義者にはバークを崇拝する親英派が多い(脳内英国紳士)。一方革命主義者はジャコバン派の末裔で仏蘭西啓蒙主義を無条件に礼賛する傾向。

〇以前この辺についてブログ記事にまとめた事がある。【国際秘密力の二大戦術=「革命型戦術」と「憑依型戦術」 】http://kokuhiken.exblog.jp/25335175/

〇アルカイダやISは対シリア侵略のコマ。安倍一味は対日侵略のコマ。裏権力の走狗同士は時に敵対を演じつつも実は「同僚」。「ISに同情する事はかえってイスラエルなどを利する結果になる」と書いたが、このような真の構図理解を妨げるからである。
欧米やイスラエルの横暴に憤りつつもISに同情的な人がたまにいるが、極めて薄っぺらい認識である。ISは欧米やイスラエルの手先である。欧米やイスラエルが侵略対象にした国を攻撃する為に使役されている傭兵集団に過ぎない。ISに同情する事はかえってイスラエルなどを利する結果になる。両だ。https://twitter.com/kikuchi_8/status/859429074296463360

〇これと似た構図に陰謀論界における「親耶蘇派VS親猶太派」両建構造がある。耶蘇の肩を持つ「猶太陰謀論」と猶太の肩を持つ「耶蘇陰謀論」の両建対立構造である。この構図では旧約聖書のネタ元であるシュメール神話やメソポタミア神話はタブーとなっている。地中海オリエント文明の内側の争いである。

〇「破両建」の秘訣は「ちゃぶ台返し」である。「それを言っちゃおしまいよ」を「空気を読まずに」言ってしまう事である。つまり「両建抗争」が成立する土台そのものを突く事。イスラエルとISで言えば「ISはイスラエルの手先」、猶太派VS耶蘇派で言えば「旧約聖書はシュメール神話のパクリ」など。

〇陰謀追及においては「空気を読まない」事が重要である。「欧米・イスラエルVSイスラム過激派」でも「左右両建」でも「猶太VS耶蘇」でも同じ事である。「空気」など読まずに両建抗争の土台となる前提そのものを撃つ事。謂わば「冷や水」を浴びせてやる訳である。この「水」は戦争機運をも鎮火する。

〇安倍応援団の「ジャーナリスト」に準強姦罪の嫌疑がかけられたが警視庁刑事部長が握りつぶしたとの報道が出ているようだ。安倍一味の太鼓持ちなら犯罪を犯しても逮捕を免れるのが事実だとしたら、かかる売国奴一味の手先が中枢を占拠する警察には増々「共謀罪」のような凶器を持たせる訳にはいかない。

〇警察権や司法権が売国奴権力の都合で恣意的に行使されている。法律の整備以前の問題である。売国勢力を放逐して人治国家状態を正す事が先決である。売国勢力による恣意的な警察権行使の可能性が大きい「共謀罪」の創設など以ての外である。増々売国勢力が思いのままに横暴を働くのが目に見えている。

〇国家は政府とイコールでない事を再認識する必要がある。国家とは政府機関の事ではなく庶民生活や歴史的に継承されてきた伝統や文化の総体である。一方の政府はかかる総体である国家に乗っかっている統治機構に過ぎない。だから政府が反国家的な動きをする事もあるし、外国勢力の手先になる事もある。

〇「愛国者」を名乗るが単なる政府主義者である者が多い。自民党清和会一味が中枢を占拠する政府に隷属して国家に反逆しているのが反日右翼である。TPPにしろ水道民営化にしろ種子法廃止にしろ反国家的な政策を次々に実行してきたのは自民党清和会政府である。「反国家的政府」は矛盾概念ではない。

〇警視庁刑事部長が安倍応援団の「ジャーナリスト」の準強姦罪の逮捕状を握りつぶしたという疑惑。安倍と警察官僚には共通点がある。パチンコ業界との関係の深さである。安倍以下清和会一味は大手パチンコ会社の会長の娘の結婚式に出席するほどの仲。パチンコ業界は警察官僚の主要な天下り先でもある。

〇警察出身の国会議員は「パチンコ族議員」と言える。だが最近では警察出身族議員の影響力が衰えているという話もある。学生時代に安倍の家庭教師をしていた某警察出身議員は当時の事をべらべらしゃべって出来の悪さを馬鹿にしたものだから干されているという噂である。精神がお子様の安倍ちゃんらしい。

〇安倍は自分を褒めちぎってくれる者だけを好むようだ。恐らくは安倍が馬〇と分かっていながら歯の浮くようなおべっかを使う提灯持ちも多い。そんな連中の一人が犯した犯罪行為を安倍の「お友達」の警察官僚が握りつぶしたとしても不思議は無いと思う。安倍と警察官僚にはパチンコという共通項もある。

〇安倍一味に「忖度」して動くような官僚は「宦官」みたいなものである。三国志に出てくる十常侍みたいなものである。後漢王朝は宦官の専横で政治が腐敗した。馬〇丸出しの売国奴に媚びへつらう宦官モドキの役人はとても卑しい感じがする。売国奴や対日侵略者ではなく国家国民に奉仕するのが筋である。

〇今や安倍は警察族議員を押しのけてパチンコ業界の「窓口」になっているらしい。カジノ合法化もパチンコ業界への利益誘導の一面があるようだ。【安倍とパチンコ業界の「蜜月」 カジノ実現は利益誘導】https://www.sentaku.co.jp/articles/view/13037

〇官僚は売国奴の走狗だらけ。経産省はTPPを推進、法務省は共謀罪を推進、農水省は種子法を廃止、警察官僚は安倍一味の太鼓持ちの犯罪を握りつぶす。「改革勢力」を自称するネオリベ一味や手先のメディアが盛んに「官僚叩き」をしていた時代は官僚機構がいくらかまともに機能していたのかもしれない。

〇売国一味の「お友達」なら忖度か何かで準強姦罪の逮捕を握り潰すような恣意的な権力行使をする警察幹部がいるなら警察に共謀罪で新たな権限を付与する事は極めて危険である。忖度が得意な走狗官僚はまるで陰険な密偵政治を得意とした宦官のようだ。共謀罪は本物のテロリストは対象外なので意味無し。

〇共謀罪自体は法律の条文だが、「共謀」を「立証」する為として通信傍受(盗聴)などの具体的な手段を必然的に要求する。つまり共謀罪はネット監視の強化とセット。監視を行うのは中枢部を裏権力の走狗が支配している司法警察機関。元々共謀罪は国連の条約が発端。完全にNWO征略だ。断固反対する。

〇元警察庁長官がインタビューで言っていたように「共謀罪という法律があっても共謀を立証する手段がないと意味がない」という建前である。よって共謀罪ができると様々な監視手段が正当化される可能性が高い。東京地検特捜部を見ても分かるよう司法警察機関は裏権力支配下にあるので極めて危険である。

〇元々米軍が旧日本軍の隠し財産を探させるために創設した「隠匿退蔵物資事件捜査部」を前身とする東京地検特捜部を見ても分かるように、検察や警察は裏権力の対日工作部隊として機能している面がある。財務省や経産省、外務省などと同じだ。戦前も政府中枢に外国のスパイ網が張り巡らされていたそうだ。

〇「愛国者」ではなく「政府主義者」に過ぎない反日右翼は検察や警察の中枢が外国勢力の手先に占拠されて対日工作部隊として機能しているなど思いもよらないので共謀罪に無邪気に賛成する。しかし共謀罪は日本人を守る為の法律ではない。国連条約が発端になった事から分かる様にNWO征略の一環なのだ。

〇「共謀の犯罪化=共謀罪」は国連というフェビアン主義系左翼集団の発想である。よって「保守派だから共謀罪に賛成する」とはつける薬が無いくらい馬鹿馬鹿しい発想と言える。「安倍がやれば何でも賛成」の反日右翼に騙されている人はまずはこういう統一協会的発想を止める事から始めるべきであろう。

〇「共謀罪無しでも国際組織犯罪防止条約に加盟可能」という論理は条約自体には反対していないので不徹底であり両建誘導的。条約に加盟するには締約国は犯罪実行の合意を犯罪化する「必要な立法その他の措置」をとる事を要求される。仮に留保付きで加盟しても「共謀の犯罪化」の趣旨に賛同した事になる。

〇仮に留保付き締約をしてもTOC条約が「共謀の犯罪化」を締約国に要求している事に変わりはなく、締約すれば国連が世界政府的に国内法に干渉する口実を与えかねないし、それを傘に着た売国勢力による共謀罪創設の策動も相変わらず続くだろう。よってきっぱりと共謀罪にも条約加盟にも反対するべきだ。

〇条約に留保付き加盟が可能であり、締約国に対する実質的な強制力が弱いとしても、国が条約に加盟する事自体が国連のNWO征略にとっては「前進」なのである。まず世界政府の警察部門の雛形だけを作っておき、後々それを段階的に実効性あるものにするというフェビアン主義的な漸進主義の可能性がある。

〇ボルシェビズムが一気にNWO化を実行しようとする急進主義なのに対し、フェビアン主義は徐々にNWO化を実現しようとする漸進主義。一つ一つの過程は緩やかな変化でも、それらを積み重なる事で最終的に「世界政府」を作ろうとする戦略である。国連の条約の一つ一つがそのプロセスではないかと睨む。

〇例えば戦前の国際連盟は米国が参加せず国連軍も持っていなかったために「世界政府」としての実質は無きに等しかった。とはいえ「世界政府の雛形」を作ったという意味ではNWO征略の前進だった。戦後の国際連合は国連軍を持ち、より「世界政府」に近づいた。フェビアン主義的な漸進主義に注意が必要。

〇フェビアン協会の名前の由来は古代ローマの将軍ファビウスである。ファビウスが持久戦を得意とした事から漸進主義的な社会主義団体の名前としたのである。ネオコンを含む急進主義的なボルシェビズムには容易に警戒心が働くが、フェビアン主義は一見穏健に見えるので無警戒になりやすい。要注意である。

〇フェビアン協会はソ連型共産主義に反対したが最終的に世界統一を目指す点では両者は同じである。過激な急進派に対して穏健派を装う両建でNWOに誘導する戦術である。米国系のグローバリズムに欧州系の世界連邦運動が対置されたり、ジャック・アタリが「良識派」みたいな扱いをされるのと同じである。

〇「共謀罪には反対だが国連条約には賛成」という論理は「米国のグローバリズムは反対するが欧州の世界連邦運動には賛成」「キッシンジャーやブレジンスキーは批判するがJ・アタリには賛同する」という態度に似ている。つまりは両建に嵌められている。根は一つなので騙されないように注意すべきである。

〇共謀罪に反対するのは勿論だが、TOC条約加盟そのものにも反対すべきである。共謀罪を作らずに条約に加盟しても条約に加盟する事自体が国連主導の「共謀の犯罪化」という潮流に加担する事を意味するからである。国連はEUと同じでソフトイメージで売っているので特にリベラル系に騙される人が多い。

〇右派が米国支配中枢の威光を笠に着るように左派はすぐに国連やEUを持ち出す。しかし、根は一つなので結局同じ事をしているのだ。「共謀罪に反対するが国連の条約には反対しない」はまさに片手落ちである。世界全体の流れを見れば「共謀の犯罪化」で世界の規格を統一する動きだと分かるはずである。

〇「共謀罪が無くてもTOC条約(国際組織犯罪防止条約)に加盟できる」という左派系でよく言われる論理はおかしい。例え留保付きだったり共謀罪を作らずにTOC条約に加盟しても「共謀の犯罪化」というTOC条約の趣旨に賛同した事に変わりはないからだ。共謀罪にもTOC条約にも反対すべきである。

〇TOC条約に加盟すると少なくとも国連主導のNWO的法制度に賛同した事を意味する。TPPなどの「自由貿易協定」で言う「ラチェット規定」と同じだと考えるとよい。一端足を踏み入れると後戻りが困難になる。フェビアン主義者の側からすれば段階的にNWO化の道に引っ張り込む算段だと思われる。

〇右派が米国筋の言う事なら何でも賛同するとしたら、左派は国連やEUの言う事は何でも受け入れる傾向がある。右派が米国筋が言うならTPPにも賛成するように、左派は国連が言うならTOC条約の「共謀の犯罪化」の趣旨を受け入れるのである。「共謀の犯罪化」という人為的潮流自体に反対するのが筋。

〇安倍一味が共謀罪についての採決を強行する気だ。「眞子様ご婚約」報道はもちろん、最近にわかにマスコミが取り上げだした加計学園問題すらこれのスピンに使われているのではないか?【<共謀罪>与党が19日に採決 衆院法務委員会】https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170518-00000107-mai-pol

〇スピンと思しき「眞子様ご婚約」報道だがICUやエジンバラ大学というワードが出てくる。ロックフェラーと関係が深いキリスト教系の大学と石屋と縁の深いエジンバラの大学。皇室関係には何故かキリスト教と英国の影。明治以来皇室キリスト教化の陰謀と英国系石屋人脈の浸透戦略が継続していると見る。

〇安倍一味が共謀罪を強行採決した。腐敗した売国一味が「数の力」でやりたい放題である。野党も野党で随分前から取り沙汰されていた加計学園問題を共謀罪の採決直前に追及し出した「間の悪さ」はわざととしか思えない。おまけに「共謀罪の対案」を出す始末。与野党の両建グル構造こそが我が国のガンだ。

〇共謀罪が採決されて絶望している人もいるようだ。しかし法律は世間一般に受け入れられているから機能している面がある。単に条文を作ったからと言って世の中が受け入れなければ権力の思惑通りには機能しない。不当な権力行使を許さないという意志を示し続けるべきである。庶民の合意がない権力は脆弱。

〇庶民の合意が無い権力は脆弱。これは独裁国家でも例外ではない。独裁国家が民衆に洗脳教育を施すのは無理矢理「合意」を作り出す為である。「民主国家」の体裁をとる国ではメディアがそれを担う。独裁国家より一見ソフトだが原理は同じである。不当な侵略支配を拒むには「合意」しない事が重要である。

〇国連が「共謀の犯罪化」なる潮流を主導してきたのにマッチポンプもいい加減にしろと言いたい。安倍一味は国連主導のNWO征略の協力者であり、共謀罪法案は国連とその手先の売国一味の合作である。【プライバシー制約の恐れ 国連報告者、政府に書簡】https://mainichi.jp/articles/20170520/k00/00m/010/090000c

〇国際組織犯罪防止条約(TOC条約)で「共謀の犯罪化」という国際的潮流を作り出したのは国連である。その国連の関係者が「共謀罪」に懸念を示すという欺瞞。司法・警察制度のワンワールド化を狙う国連がTOC条約を作り、それに乗じて売国官僚が権力強化を目論む。これが「共謀罪」の本質である。

〇漢字もろくに読めない安倍は単なる傀儡に過ぎない。共謀罪創設策動は2000年代初頭から存在する。国連がTOC条約を作って既遂でも未遂でもない「犯罪の共謀」を犯罪化するという国際的潮流を作り、それを受けて走狗官僚が「TOC条約加盟には共謀罪が必要」という理屈で権力強化を目論んできた。

〇「安倍が共謀罪を推進し、朝日新聞が批判しているから」というだけで条件反射的に共謀罪に賛成するのが反日右翼である。一方、反日左翼やそれ以外の左派やリベラルの多くもTOC条約への加盟自体には反対していない。民進党に至っては「共謀罪の対案」を出す始末。左右両建で「共謀の犯罪化」を推進。

〇共謀罪に反対するなら「共謀の犯罪化」という潮流の元凶である国連のTOC条約にも反対するのが筋である。いつもの左右両建抗争で問題を国内レベルに限定して矮小化すると本質を見誤ってしまう。TOC条約に加盟すると例え留保をつけても「共謀の犯罪化」という条約の趣旨に賛同した事になるのだ。

〇オウムのようなカルト組織の背後には巨大権力の影があるので「共謀罪」があっても「テロ防止」には何の役にも立たない。例えば故石井紘基議員が残した「ロシアに進出していた統一協会の連中がいつのまにかオウム信者にすりかわった」という証言などを警察が突っ込んで捜査できるのか?という話である。

〇石井紘基氏 「ロシアにオウムが進出していきましたね。ロシアには五万人もオウムの信者がいたそうですが、オウムが行く前に統一教会が、ロシアに進出していました。ところが、そういう連中が、どうも何時の間にかオウム信者とすりかわってしまった。」https://matome.naver.jp/odai/2139891088872274501

〇統一協会と密接な清和会一味の支配下にある警察が「統一協会とオウムの関係」などを捜査できる訳がない。元警察庁長官も「オウム事件は共謀罪があってもお手上げだった」と言っている。オウムは裏権力の闇と深く関わる問題である。そこに切り込まなければ「共謀罪」があっても全く無意味なのである。

〇イスラエルや米国の諜報機関と密接なアルカイダやISのテロも同様である。巨大権力が絡む偽旗テロの防止には共謀罪は全く役に立たない。「共謀」はモサドやNSA、CIAで行われているはずである。警察が彼らを取り締まれるのか?という事である。一般庶民による真相暴露こそが真の「テロ対策」だ。

〇偽旗テロの真相を暴いて情報を拡散し衆人環視の状況を作り上げてテロを実行できない状況を作る事こそが本当の「テロ対策」であり「テロとの戦い」である。偽旗テロを実行する勢力に抑えられている警察組織にはこの戦いは遂行できない。幾ら真面目な警察官がいても組織体としては支配下にあるからだ。

〇共謀罪の説明で想定されている「テロ集団」は諜報機関が作ったテロ組織や権力と密接なカルト組織ではなくちんけな過激派の如き集団である。極左過激派にしてもその存在自体が公安の「飯の種」なので共謀罪があっても壊滅させるとは思えない。共謀罪の矛先は裏権力に不都合な人間だと容易に推測できる。

〇オウムは仏教とかヨガ団体を偽装しているが「霊性進化論」というブラバッキーなど神智学協会の連中が考えた教義を根幹に据えている事を見ても神智学系のカルトだと分かる。オウムの背後が裏権力なのは言うまでもないが、表に掲げる教義も完全に結社系の思想である。オウムは表も裏も完全にあっち側だ。

〇オウムの思想面の分析については「現代オカルトの起源」大田俊寛著をお勧めする。神智学を起源とする近現代のオカルトの思想史がコンパクトにまとまっている。「陰謀論とオカルトのセット売り」に騙されない為にも有益な基礎知識と言える。https://www.amazon.co.jp/現代オカルトの根源-霊性進化論の光と闇-ちくま新書-大田-俊寛/dp/4480067256

〇オウムはチベット仏教の影響があると言われる。だがチベット仏教では論理学を徹底して学ぶがオウムは超能力に執着し終末思想を煽るなどオカルト教義に終始する。神智学の霊性進化論はペルシャ系の黙示的終末思想を根幹とする。新約聖書の黙示録と同じ系列。だからオウムは「ハルマゲドン」を強調する。

〇オウムが影響を受けた「神に進化する人種と動物の次元に堕落する人種の2種類の人種がいて最終的に前者が勝利し理想郷を創る」という「霊性進化論」は新約聖書の黙示録を通してペルシャのゾロアスター教の善悪二元論及び終末思想の影響を受けている。そこに近代に登場した進化論を混ぜた教義である。

〇「善悪二元論」「終末思想」を特徴とするオウムは仏教や印度哲学の系列ではなくペルシャ系のカルト教義である。因明を見ても分かるように印度哲学には論理性と合理性がある。神智学自体が印度を偽装するペルシャ系の思想である。ペルシャ系の思想は新約聖書の黙示録などを通して西洋に流れ込んでいる。

〇印度哲学の中でも原始仏教は最も論理性と合理性が高いと評価できる。原始仏教は「渇愛を除いて苦を滅する事」(四諦)を目的とする。判断の対象を経験できる現象に限定し形而上学的な断定は避ける「無記」の姿勢。形而上学について独断を積み重ねるペルシャ系思想とは全く異なる。オウムは仏教に非ず。

〇無記はヴィトゲンシュタインの「語り得ぬものには沈黙する」という姿勢に似ていると言われる。カントも純粋理性の適用範囲を「現象」に限定したものの結局は「物自体」を想定したり実践理性においては形而上学を要請したので無記に関しては不徹底だった。即ち「無記」は西洋では20世紀まで登場せず。

〇「陰謀論」界には「オカルトと陰謀論のセット売り」現象がある。オカルト批判者は陰謀論にも批判的な場合が殆どで、オカルト愛好家は陰謀論者でもある場合が多い。オカルト批判をしつつ合理的論理的に陰謀を追及する立場は少ない。オカルトとともにイルミナ思想をも批判する場合はさらに僅少である。

〇「陰謀」は隠されてはいるが現実の世界の現象であるのに対し、「オカルト」は現実的に真偽を決定できない形而上の事柄である。「オカルトと陰謀論のセット売り」は陰謀追及とオカルトという異質なものを混ぜる事で追及の矛先を鈍らせて誤誘導する狙いだと思われる。やはり「無記」の姿勢は重要である。

https://twitter.com/kikuchi_8/status/854729423098068994

(了)


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# by kokusai_seikei | 2017-05-22 00:50 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(2)

ツイートまとめ 西洋の思想史をそのままなぞる「陰謀論」の歴史 全陰謀論派閥の勢力図を俯瞰する


陰謀論界での「猶太陰謀論VS耶蘇陰謀論」の対立構造は西洋の思想史の文脈で言うと「キリスト教VS啓蒙思想」に対応していると思われる。日本では明治以後キリスト教と啓蒙思想が同時に流入してきたので我々日本人には両者の鋭い対立緊張関係が見えにくい。明治日本では耶蘇は「進歩」の象徴だった。

〇西洋ではニーチェ以前の猶太批判はキリスト教陣営から出てきたし、耶蘇批判は猶太教やルネサンス期以降の啓蒙主義陣営から出てきた。モーゼス・メンデルスゾーンのような猶太人の啓蒙思想家もいた。「猶太陰謀論VS耶蘇陰謀論」はかかる西洋の思想史的文脈が陰謀論界にスライドしたものだと見ている。

我が国では明治期にキリスト教と啓蒙思想が同時に流入した。だから、日本人にはこの両者の対立緊張関係が見えにくい事情があり、どちらも「西洋の進歩」を象徴する「舶来もの」として有り難がる風潮があった(例えば明六社はキリスト教徒と啓蒙思想家の集まり)。実際には両者は相克の歴史である。

〇似た様な事情はキリシタン宣教師にもある。彼らはキリスト教とともに西洋医術など当時の西洋の科学技術を持参した。が、本国ではキリスト教と科学は鋭く対立していた。宣教師が科学を弾圧しながら海外布教には科学を利用するご都合主義を無神論者のリチャード・ドーキンスが批判していたと記憶する。

明六社の森有礼はキリスト教シンパで啓蒙思想家。かかる人物が明治政府の高官だった訳で、当時の情勢が分かるというものである。これは憑依型戦術というにはあまりにも公然たるものだった。森は日本語を廃止して英語を公用語にしようとした。言語は文化の基礎。言語を奪われた民族は滅びるしかない。

〇このように我々日本人にとってキリスト教や啓蒙思想などの舶来思想は同時に入ってきたので西洋の思想的対立構造の文脈が見えにくい事情がある。しかし、西洋の圏外にいるからこそそれらを俯瞰して見る事が可能な有利な位置にもいるのである。陰謀追及でもこの俯瞰する視点を重視すべきだと考えている。

西洋の思想派閥「①一神教②神秘主義③理性主義」と分類しているが陰謀論界にも丁度対応する派閥分けがある。①キリスト教系(西洋の古典的猶太陰謀論)②神智学系・アリオゾフィ系(ナチズム含む。人種主義に基づく猶太陰謀論)・スピリチュアル系(大本教系含む)③啓蒙主義系(キリスト教陰謀論等)

〇①一神教のキリスト教系が西洋の陰謀論の基本である。②神秘主義の神智学系の陰謀論もある(神智学自体が「闇の同胞団」陰謀論を教義の一部とする)。大本系は①と②の混合だろう。日本の陰謀論界で勢力を張っている。③の啓蒙主義系はキリスト教陰謀論を引っ提げて①②と対峙。最後に出た最新の流派。

〇特に思想的立脚点を持たない純然たる時事解析系はいずれにも分類できないが、思想的拘束性が無い分汎用性が高くその知見は広く共有されてもいる。だが、陰謀の歴史的思想的な解析は行わない傾向。個人的には陰謀論を「情勢論的陰謀論」と「学究的陰謀論」に分類しているが、時事解析系は前者に当たる。

〇西洋の思想派閥「①一神教②神秘主義③理性主義」の全てを批判する立場に立つと各派閥から敵対派閥の人間と見なされて派閥抗争に巻き込まれる場合もある。圏外から俯瞰して「破両建」する日本人の立場からの主体的な陰謀追及(国際秘密力研究)の確立が重要だと考えている。今後とも探求して参りたい。

陰謀論界での最も先鋭な思想的対立軸は「猶太陰謀論VS耶蘇陰謀論」に表れた「耶蘇教VS啓蒙思想」「神秘主義VS啓蒙主義」だと見ている。表の思想界では耶蘇と啓蒙が同時に流入した明治の特殊事情から両者は対立物とは見られていないが陰謀論界では西欧さながらこの両者が激しく衝突しているのだ。

神秘主義VS啓蒙主義は大陸系メーソンが英国系メーソンの神秘主義を批判し乗り越えようとしたことに起源が求められる。アダム・ヴァイスハウプト新プラトン主義を初めとする既成メーソンの神秘思想を迷信として批判している。独仏の啓蒙主義の違いは「下からの革命か上からの啓蒙専制か」である。

陰謀論史の展開はそのまま「キリスト教全盛→ルネサンスで神秘思想復古→近代の啓蒙主義の登場」という西洋思想史と重なっている。①西洋ではキリスト教的な陰謀論が大勢②神智学系ニューエイジ系陰謀論が台頭③啓蒙主義系陰謀論が登場。西洋思想史を押えておくと陰謀論史の展開過程がクリアに見える。

〇俯瞰すると陰謀論の歴史は西洋の思想史をまるでなぞるように展開してきた事を発見した①キリスト教圏で発生した為にキリスト教系陰謀論が大勢→②神智学系やニューエイジ系つまり神秘主義派の陰謀論が登場しキリスト教を批判(アイクなど)→③啓蒙主義系の陰謀論が登場しキリスト教と神秘主義を批判。

〇政治学や経済学と同じで陰謀論も元々は西洋文明の産物。陰謀論史の総体をこのように俯瞰し我々日本人としてはいかなる立場を構築していくべきか?が課題である。参考にできる部分は参考にしつつ日本人に合わない部分は批判し捨てていく。日本流国際秘密力研究ではまずはこの地道な作業を行なっていく。

〇西洋発祥の陰謀論史の展開は西洋思想史をなぞる。神父が宗教的な猶太陰謀論を創始。神智学が登場し「闇の同胞団」陰謀論を説き、この延長にアリオゾフィの人種主義的陰謀論。戦後はニューエイジ系陰謀論、そして啓蒙主義系陰謀論。近代までの西洋思想史は最終段階まで来た。次はポストモダン系陰謀論?

思想哲学に振り回されないように注意して「圏外から俯瞰する」事が思想史上の両建抗争に巻き込まれない為に必要である。小さな話ではあるが、吾人も何度か派閥抗争に巻き込もうとする攻勢を受けた事がある。俯瞰する立場は各派閥から敵対派閥の者と見なされがちなのである。だから増々俯瞰し分析する。

陰謀論界における「キリスト教系VS神秘主義系VS啓蒙主義系」の三つ巴の対立構造。これこそ真の陰謀論界のタブー中のタブーだと思う。何故ならこれを指摘すると全ての派閥から敵視されかねないからである。同調圧力に屈せず、派閥思考ではなく自律的思考をするか否かの試金石になりうる命題である。

〇「キリスト教系VS神秘主義系VS啓蒙主義系」は西洋思想史の縮図である。誰かが意図してこのような構図を作ったというより、結社が敷いた枠組の中で思想活動行われているので自然とこの枠に収束していく、と言った方が正確かと思う。「両建戦術」は意図した操作以前の「枠組みの設定」から始まる。

〇日本主義や東洋主義にすら憑依がある。近代以降は日本や東洋を標榜しながら、「一神教・神秘主義・理性主義」いずれかの背乗りである場合が極めて多いのだ。もはや硬直した「〇〇主義」に立脚したのでは同じ土俵に立つだけに終る。思想哲学への執着を一端離れないとこの構図からの超克は難しいだろう。

〇「〇〇思想」「××主義」を全てカッコに入れて、執着せずに本質を見極め、活用できる部分は活用しつつ、振り回されない様にする。盲目的に信奉する対象があると必ず付け入る隙を与える事になる。それは日本思想でも東洋思想でも何一つ例外は無い。ここまで徹底しないと真の自律的思考は困難である。

〇「〇〇思想」「××主義」あらゆる思想哲学は人間の思考の軌跡であり、語弊があるかもしれないが「残りかす」のようなものとも言える。盲信せずに思考の材料として活用し参考にするのなら「栄養」になるが、囚われ過ぎると思考を縛る「残りかす」になる。思想哲学を活かすも殺すも己の姿勢次第と思う。

〇「最強の思想哲学は思想哲学に囚われず、思想哲学に使われず思想哲学を使いこなす事」かもと先日書いた。これすら文字として書いて固定化すると他の思想哲学への固執と同列となる。「囚われない」にすら「囚われない」のが理想だが、中々困難である。思考や視野を狭めず柔軟で寛容な姿勢を維持したい。

〇あくまでこれも一つの考えに過ぎない。

「最強の思想哲学があるとすればそれは何だ?」と考えたが「思想哲学に囚われない事。思想哲学に使われず思想哲学を使いこなす事。」がそれだと思った。これは単なる主観。どんなに精緻で絢爛たる哲学体系も、それに執着して振り回されては意味がない。思想哲学も執着の対象になり心を縛る事がある。https://twitter.com/kikuchi_8/status/839510102365233152

〇先日、陰謀論界に「キリスト教系VS神秘主義系VS啓蒙主義系」という三つ巴の対立構造があると書いたが、組織の系統の面に着目するとキリスト教はカトリックとプロテスタントに分かれるので「カトリックVSプロテスタントVS英国系メーソンVS大陸系メーソン」の四大派閥に対応していると言える。

〇が、相互に微妙に重なり合う面もある。例えばプロテスタントと英国系メーソンは重なり合う。英国国教会は一応プロテスタントに分類される。キリスト教神秘主義があるので英国系メーソンは耶蘇と神秘主義を兼ねる。大陸系メーソンは理神論無神論を含む。初期の啓蒙主義者は理神論者と無神論者がいた。

〇「猶太教系陰謀論」も一応ある。米国の正統派猶太教徒マービン・S・アンテルマンが「改革派猶太教」の陰謀について暴いたものなどである。が、基本的に猶太教徒でない限りはかかる立場はとり得ない。が、非猶太教徒の①キリスト教②神秘主義③啓蒙主義、それぞれに猶太に対する態度の分類がある。

三大派閥における猶太に対する態度は大きく「反猶太」と「親猶太」に分かれる。①耶蘇教系陰謀論には聖書神話に基づく「イエスを殺害した民族」という観点からの「反猶太」と「選民」として崇める耶蘇シオニズムの立場がある。日本の耶蘇系陰謀論では猶太批判と日猶同祖論がセットの奇怪なものが多い。

〇②神秘主義系陰謀論も親猶太と反猶太がある。親猶太はカバラ日猶同祖論を信奉し、日本の伝統思想を何かとカバラに付会する言説を事とする。反猶太は神智学から生じたアリオゾフィである。アリオゾフィとはアーリア至上主義に基づく神智学である。グィド・フォン・リストらが創始し後のナチスに影響。

〇③啓蒙主義系陰謀論には基本的に「反猶太」はない。かといって宗教や同祖論、人種論に基づく「親猶太」もない。啓蒙主義系では耶蘇を主敵としているので「耶蘇の悪を猶太の強調で誤魔化すな」という観点から反猶太論が批判される、という形となる。グラントリアンの反宗教と人権論の観点に近いだろう。

啓蒙主義は仏蘭西系と独逸系がある。仏蘭西系は「下からの革命論」を持ち君主制や宗教に否定的である。独逸系は「上からの啓蒙専制」なので君主制と親和的であり宗教に否定的という訳ではない。これは明治政府に影響を与えた。明治を絶対化する日本会議以下反日右翼勢がそれだと分類できない事は無い。

〇如何なる派閥の観点にもよる事無く極力公平に陰謀論界全体を見渡して勢力図を描いてみた次第である。今後も気づいた点があればその都度修正し全体の見取り図を更新していきたいと考えている。かかる作業をなすのは全てを俯瞰すれば全てに囚われない独立独歩で不偏不党の地平が開けると思うからである。

〇誑かしを一切受け付けないし、納得していない事は一切受け入れない。人の話に聞く耳を持ち、道理と事実に基づいて己の思考を反省し、間違いだと分かれば改める。この両者は正反対のように見えるが、同じ事(自律的思考)を別の観点から説明しているに過ぎない。独立不羈と寛容さ・柔軟性は両立する。

〇他に依らず自分に依るとは道理や事実に依る事でもあると思う。事実を受け入れ、道理や筋道に沿って考える。これこそが自律的思考だと考える。自律的思考は自分の考えに固執して道理や事実を無視する独善性とは異なる。むしろ逆。原始仏典で言う「自帰依・法帰依」はこの辺の道理を教えるものであろう。

〇「臨済録」に「仏に逢えば仏を殺し」という有名な文句があるが、どんなありがたいものでも対象として立てて執着すると心の自由を縛る枷になると言いたいのだろう。逆にこの言葉に囚われて何でもかんでも破壊すればいい、となるのも逆方向の執着。渇望も嫌悪も執着であり一枚のコインの裏表に過ぎない。

〇一神教原理主義と理性崇拝は同じコインの裏表である。唯一神を盲信する一神教原理主義者が偶像や遺跡を破壊したり、理性を崇拝する革命主義者が既存の文化を破壊し尽くすのは「嫌悪」という執着に因る。渇望と嫌悪の両方を制御しないと寛容な姿勢と冷静な判断は難しいだろう。両極端なものは大体両建。

グラントリアンとは「グランドオリエント=偉大なる東方」の意味で東から昇る太陽の光と西欧に伝統的に根強い東方への憧れを象徴。東洋では「西方浄土」というように西方に憧れる観念があるが西欧では逆に東方への憧れがあるのである。地中海オリエント世界は西欧よりはるかに文明が進んでいたからだ。

〇啓蒙主義系陰謀論では独逸の啓蒙主義者アダム・ヴァイスハウプトに肯定的に言及されるが、独逸系というよりスタンス的に仏蘭西系に近いと分析する。独逸系は啓蒙専制主義であって欧化主義の明治絶対化の日本会議の思想に近い。この系列にはチャンネル桜系の「安倍は猶太と戦っている」陰謀論がある。

〇啓蒙専制主義と言えばプロイセンのフリードリヒ2世であるが、石原完爾が尊敬していた。石原は日蓮主義を信奉し、世界最終戦論を唱え、世界連邦の実現を期するNWO思想家でもあったが、独逸系啓蒙思想の影響を受けていたとも言いうる。高度国防国家論という「上からの改革論」に影響が見て取れる。

〇ちなみに陰謀論に関係なく日本における啓蒙思想の系譜を分析すると、独逸系啓蒙主義は陸軍統制派の思想が近いと思う。一方の仏蘭西系は西園寺公望(大東社社員)など明治のリベラリスト、その後に続く社会主義者や共産主義者などが該当すると思われる。西園寺公望の孫の公一はゾルゲ事件に連座した。

〇グラントリアンの西園寺公望の孫がソ連のコミンテルンのスパイ事件(ゾルゲ事件)に関与する、というのはモノの見事に大東社の系譜で一貫していると言える。中国と露西亜のフリーメイソンは大東社系。中国共産党の創設メンバーは周恩来以下フランス留学帰りが多い。共産国家は大東社系だったのである。

〇陰謀論界においては猶太、耶蘇、神秘主義は大体分析され尽くした感がある。啓蒙主義は陰謀論界に残った最後のタブーである(耶蘇・神秘主義系の啓蒙主義批判は宗教やオカルトの観点からのレッテル貼りの域を出ていない)。この全てを突破するのが次なる課題だ。独立不羈の強靭な分析力の鍛錬が必要。

〇「他に依らず自分に依るとは道理や事実に依る事でもあると思う。事実を受け入れ、道理や筋道に沿って考える。」と書いたがここで言う「道理」とは「」であり「事実」とは「」である。成唯識論などでは「理」と「事」を合わせて「」とした。道理と事実に沿うとは「実」即ち真実に沿うという事。

「理」とはモノの道理、筋道、法則性などを意味し、「事」とは実際に経験し認識しうる事実・現象を意味する。「理」と「事」を合わせて「実」。理と事は現実(実)の二つの側面なので理と事は相即する。道理に沿って思考し、事実を如実に観察する。この二つが揃ってはじめて自律的思考が成立する。

西洋文明はヘブライズムの反知性主義とヘレニズムの知性主義(主知主義とも)の相克の歴史と言える。前者が勝利を収めて以降はキリスト教の反知性主義が西欧を制圧。それによって抑えつけられてきた反動が啓蒙主義理性主義だった。西欧の隠れた知の伝統である秘教・神秘主義はその中間だと言える。

〇キリスト教による知性の抑圧。その反動としての啓蒙主義の勃興。そしてまたその反動としてのロマン主義の興隆。抑圧と反動の繰り返しが西欧文明史である。中庸・中道というものが乏しい西欧では「両建」が生じる文明史的必然性があった訳である。だから逆に「破両建」の鍵は「中道」にあると見ている。

〇我が国においては朱子学を官学とする幕藩体制の中で、町人の中からさらっと富永仲基山片蟠桃のような合理的思考の持ち主が出現する。かと思えば、古学国学兵学、はては梵語学までもが同時に興隆する。「あれかこれか」という二択ではない思考の伝統がある。両建を破る鍵を日本の歴史の中に探る。

〇キリスト教は知性を抑圧。ルネサンス期に古代神秘思想が復古。その延長にある理性主義は人間の感情を抑圧。その反動でロマン主義が台頭。ロマン主義はルネサンス期に復古した神秘思想との関係が深い。こうしてみると、西欧文明史は一神教・神秘主義・理性主義の相克の繰り返しで回っている事が分かる。

〇西欧文明史まとめ。キリスト教全盛(一神教)→ルネサンスで隠れた知の伝統である秘教や神秘思想が復古(神秘主義)→神秘主義から脱皮した啓蒙思想が勃興(理性主義)→理性主義が抑圧した人間的感情を称揚するロマン主義(神秘主義と関係が深い)が台頭。まさに一神教・神秘主義・理性主義の相克史

破両建の為にはこの無限ループの相克史の外に立つ必要があると考えている。一神教・神秘主義・理性主義のいずれかに立脚するのでは必然的にこの無限ループ(両建抗争)に巻き込まれる結果になるのである。「全てを俯瞰する」とはこの相克史の外に立つ事を意味する。抑々我々日本人は元から外にいる。

〇理性に特化したのが理性主義だとしたら、感情に特化したのがロマン主義である。理性と感情はどちらも必要である。要はバランスであろう。「主義」として固定化するとバランスを失いがちである。理性的とか感情豊かである事はよい事だが、理性主義やロマン主義である必要はない(勿論思想信条は自由)。

「中道」とは「中途半端」にあらずして「適正」とか「中正」という意味である。理性と感情のバランスに関しても当てはまる。例えば、世の為人の為を思う熱き「仁の心」に冷静な「智の心」が伴う、など。儒学では「智・仁・勇」(三徳)などと古来言われてきた。仏教では智慧慈悲がセットで説かれる。

〇和歌や俳句を詠むにも豊かな感情と修辞を整える落ち着きの両方が必要である。感情に溺れているだけの状態ではとても和歌や俳句を作る事はできないであろうし、感情が欠落していては和歌や俳句を作ろうとも思わぬであろう。ここにも「中道」がある。
「我が国の伝統芸術に「和歌」「俳句」がある。感情を乗せて詠う訳であるが、修辞を整えて言葉で表現する作業には冷静な客観視も必要となる。豊かな感情を持ちつつもどこか冷静さも保っている奥ゆかしい文化だと思うのである。折に触れて俳句を作るような人は感情と冷静さの均衡を保っている人だと思う。」https://twitter.com/kikuchi_8/status/837334351209639936

〇西欧の三つ巴両建構造を超克する行き方は様々だと思う。西欧文明の枠組みの外から俯瞰する立場(日本や東洋に限らず。イスラムなど文化文明の数だけありうる)もあれば、西欧内部から内在的に超克せんとする立場などもあるだろう。其々の個性が反映。「一つの答え」を要求する事自体両建とNWOの罠

〇「世界支配」という欲望は「世界」「支配」という概念から喚起される。これは感覚的欲望とは言い難い。概念的思考(分別)は欲望を発生させる機能がある。理性や知性は言葉を使う能力と言えるので、これ等は欲望の発生に関係がある。この辺りメカニズムの洞察と反省が無い所が理性主義の危うさである。

欲望の発生源は感覚と表象と思考(眼耳鼻舌身意・色声香味触法の接触)。これらは全て対象を認識する作用である。欲望には全て対象があり、認識した対象に対して欲望が生じる。理性主義では理性の機能を絶対視するが、これは言葉で何かを識別する作用の絶対視を意味する。これが過大な欲望に繋がる。

〇一神教や神秘主義も仕組みは同じである。一神教は言葉によってつくられた教義を絶対化する。教義は執着の対象となる。神秘主義は言葉と同時に表象=イメージを特に重視する。「神秘体験」とはある種の表象体験である。一定の条件さえ整えば引き起こされる変性意識状態である。これも欲望の対象となる。

〇というわけで、西洋の思想派閥「一神教・神秘主義・理性主義」の全ては人間の認識作用(眼耳鼻舌身意=五感・表象・思考)の外ではない。特に表象(=イメージ)と思考(≒言葉の使用)。結局「対象を認識する作用」であると言える。欲望も執着も対象認識から生じる。ここに無反省だから問題が生じる。

〇一神教と神秘主義と理性主義は一見全く異なっているように見えるが、認識論的なレベルで構造を分解して分析すると全て「表象」と「思考(≒言葉)」で成り立っている事が分かる。特に言葉の機能についてあまり反省が無いので、言葉が生み出す欲望にも無頓着になる訳である。所謂ロゴス中心主義である。

〇理性の塊のような近代文明が過剰な欲望を生み出した原因もここにあると分析する。理性とは言葉で物事を思考し識別する作用である。思考し識別すればその対象に対して何らかの執着が生じる。この機能に自覚的であれば執着は自制されるが無頓着だと欲望は増大し終いには世界支配=NWOにまでいくのだ。

〇これが①一神教②神秘主義と並び③理性主義をも批判する理由である。この三者は言葉の働きを無謬視し言葉が欲望を生み出す側面に無反省な「ロゴス中心主義」という同じ根を持っている。①では「言葉は神」であり、②では言葉が示す実体との合一を目指し、③では理性=言葉を駆使する機能を絶対視する。


https://twitter.com/kikuchi_8/status/839516808159756289


(了)


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# by kokusai_seikei | 2017-05-22 00:41 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)

ツイートまとめ テーマ:魔術・呪術批判及び「魔法」(心理操作)への防御法としての「心法」


〇「魔女」がトランプを呪う儀式をやっているとか。黒魔術の類を合理的見地から批判するならば次のように言える。他人を呪う事は「恨み」という心作用を起こす事である。あるいは願望達成を願う呪術の類では「貪り」を起こす。それを繰り返せば貪・瞋・癡にまみれたろくでもない精神状態になるであろう。

〇魔術や呪術に効果があるかどうかは合理的に検証しようもない。それよりかかるオカルト儀式を繰り返す事で生じる心理的影響である。魔術・呪術の目的は欲望達成か他者危害か大体どちらかである。つまり「」「」である。欲をかいたり他人を恨み魔術や呪術に頼る事はろくでもない人間のする事である。

魔術・呪術は一種のイマジネーションを伴うので妄想・妄念が必然的に生じる。妄想・妄念も識別作用の一種なので当然執着の対象となる。妄想・妄念が強まると執着が強化される。執着が強化されると苦しみが生じる。苦しみを解消する為にさらにオカルトに頼る。という悪循環である。やらない方がよい。

〇夜中に木に五寸釘を打ち付けている(丑の刻参り)ような者とはお近づきにはなりたくないであろう。魔術・呪術の批判の根拠はこれで十分である。魔術や呪術の類に凝ると妄想、妄念、欲望や憎悪、要するに妄執・執著を深める結果になる。暗くどんよりした汚い精神状態となり己自身を傷つけるのである。

〇「魔女」のトランプ呪詛儀式にキリスト教神秘主義者が「対抗」していたように欧米では「キリスト教VS黒魔術」両建構造があるが、魔術・呪術の類を批判するのに特定の宗教を持ち出す必要はない。合理的見地から論理的に批判できる。宗教心も偏執し過ぎると黒魔術などと同じで妄執を増す結果になる。



〇オカルトや魔術(宗教やカルト、神秘思想なども)などを調べていると耐性が無いと取り込まれてしまう危険がある。悪影響を遮断し客観的な情報のみを取得する方法はやはり「眼耳鼻舌身意に気を付ける事」であろう。単純なようだがあらゆる情報の受容のルートは五感・表象・思考以外にはないからである。

「気を付ける」とは自覚化する事である。自覚化するとは対象化する事対象化するとは情報を客観的に「向こう側」に置いて見るという事である。冷静に距離を取る訳である。要するに客観視だ。これができていれば飲み込まれない。客観視すれば、情報が相対化され、影響が限定され、そして遮断される。

〇己の感情すら客観視する事が可能。客観視するという事はそれだけ冷静であり飲み込まれていない、という事である。情報の受容の際も同様である。外部からの情報は眼耳鼻舌身意(五感・表象・思考等)の六つの「門」(六識)を通して入ってくる。よって六識に気を付けていれば情報の悪影響を遮断できる。

情報は客観視しないと執着が生じ取り込まれる恐れ。沢庵宗彭柳生宗矩の為に書いたという不動智神妙録。「不動」とは「動かない」ではなく「一点にとどまらない」という意味。敵に相対した際剣先など一点に囚われると柔軟に対応できないとの戒め。陰謀追及でも特定情報に執着しない事が重要であろう。

心を操る「魔法」には心を操られない工夫「心法」で対する。日本武術には「心法」あり。沢庵が言う「一点に囚われない事」。宮本武蔵も平常の心を保てと教える。「武具を選り好みしない。状況に応じ臨機応援に用いる」という事も言った。要点は通じる。陰謀追及も「闘い」なので「心法」は参考になる。

〇我が国の伝統芸術に「和歌」「俳句」がある。感情を乗せて詠う訳であるが、修辞を整えて言葉で表現する作業には冷静な客観視も必要となる。豊かな感情を持ちつつもどこか冷静さも保っている奥ゆかしい文化だと思うのである。折に触れて俳句を作るような人は感情と冷静さの均衡を保っている人だと思う。

〇沢庵の不動智神妙録に「花紅葉を見て花紅葉を見る心は生じながら、其所に止らぬを詮と致し候」とある。「花の紅葉を見る」という視覚(眼識)は生じながらも執着心が生じてない事だと解釈する。何かを認識する識別作用から執着が生じるが、客観視する事で識別作用の段階でとどめて執着を生じさせない。

〇陰謀追及においてオカルトや魔術について調べながらも取り込まれないようにするには認識が生じた段階で自覚しつつ執着心を生じさせない様に気を付けるとよいと考える。唯識の言葉を借りると「決定心」で止めて「染浄心」を生じないようにするのである。

「唯識が言う対象を識別した際の意識の展開過程①卒爾心(そつにしん)対象に気づく漠然とした認識)②尋求心(じんぐしん)「これは何だろう?」と推求する心③決定心(けつじょうしん)「これは〇〇だ」と判断する心④染浄心(ぜんじょうしん)対象に執着する心➄等流心(とうるしん)執着心の持続。」
https://twitter.com/kikuchi_8/status/828258668852371456
「対象認識の発生プロセスを唯識の用語を借りて分析①卒爾心(対象に気づく)②尋求心(「これはなんだろう?」と対象を推求)③決定心(対象について「これは〇〇だ」と判断)④染浄心(対象に愛着や嫌悪が発生)➄等流心(染浄心の継続)〇「気を付ける」はできれば①~③で行う。④からは誘導の領域。」
https://twitter.com/kikuchi_8/status/832724913475592193

対象を認識した段階でその認識自体に「気付く」(謂わば認知を認知する「メタ認知」。唯識では見分=主観・相分=客観に対して「自証分」)とそれだけ無意識の影響は減殺される。これを繰り返すうちに耐性が強化されて取り込まれるリスクをどんどん減らしていく事が出来るのではないか、と考えている。

〇不動智神妙録にはまた「見るとも聞くとも 一所に心を止めぬを至極とする事にて候」ともある。「魔法」(心理操作)破りの「心法」の極意はここに集約されると考える。見ても聞いても決して対象に固着しない強靭な耐性である。この耐性があればどんな対象にも取り込まれる事無く自由自在に分析できる。

タヴィストック洗脳科学などを「魔術」「魔法」とすれば「魔術」「魔法」には種も仕掛けもある。心理学的法則などの自然法則を利用した黒い技術というのみだ。「魔」とは神秘性の事ではなく他人を操ろうとする邪な欲望を指す、と考えた方が道理に適う。要するに我が国中世で言う「天狗」の類である。

〇ここで言う「天狗」とは高度な知識と技術を持つ高慢で欲が深い邪悪な人物像の事である。高度な知識や技術を悪用して人間を操作し支配しようとする連中(秘密結社員、タヴィストックの洗脳科学者等)はこの定義に当てはまる。「魔術」「魔法」は比喩表現。邪悪さを指す場合は「魔道」の方がふさわしい。

「〇〇の時代」「××の世紀」というのは思考誘導なので注意が必要である。この手の表現は人為的な誘導に過ぎないものを「歴史の必然」と思わせ受け入れさせる為の世界観操作の類である。世界観操作=「世界の認識の仕方」を操る事。「グローバル化の時代」など。この手の表現を使う者には注意すべき。

「魔術師」(洗脳科学者等)が人間心理を操る媒介は視覚(眼識)と聴覚(耳識)の比率が大きい。映像技術の高度化など技術が進歩しても基本的にやっている事は「色境」「声境」の操作である。技術が幾ら進歩してもこのあり方は不変。どんな洗脳技術が登場しようと「気を付ける」は防御法の基本である。

〇「色境」とは目に見える対象=色・形など。「声境」とは耳に聞こえる対象=音。洗脳者は「色」「形」「音」等を作り出して人間心理を幻惑する。よって見る事聞く事(眼識・耳識)に気を付ける事がまずは重要である。感覚的データに基づき思考作用(意識)が起こるので次に重要なのは自律的思考である。

〇剣の心法を説いた沢庵「不動智神妙録」に「見るとも聞くとも一所に心を止めぬを至極とする事にて候」とあり。これも参考になる。洗脳者は人が見たり聞いたりして対象に固着して引きずり回される状態に誘導しようと狙っている。よって見たり聞いたりする事に気を付けて引きずり回されない様に注意する。

〇国際秘密力の「魔術」(洗脳科学・心理操作など「征服と支配」の技術)を破るのに徹底して日本及び東洋の伝統的な叡智(勿論西洋に憑依されていないもの)を発掘し主体的(あくまでも「参考」。自律的思考が重要だ。)に活用する。ここに日本及び日本人の立場からの「破国際秘密力」の醍醐味を感じる。


https://twitter.com/kikuchi_8/status/836971364628115456


(了)

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# by kokusai_seikei | 2017-03-06 07:55 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(2)