ツイートまとめ テーマ:インテリ系走狗が必ず身に着けている詭弁術について



〇俗に「東大話法」と言われる論法がある。自らを傍観者の位置に偽装し客観的な装いで「ああでもない、こうでもない」と異論を否定した上で最後に自分の持論を押し付ける手口に典型的に見られる。保身と私欲の獲得を目指す「インテリ」必須の技術だが、多少頭の切れる工作員も身に付けていると思われる。

〇ジャパンハンドラーズの表向きの肩書は「学者」や「シンクタンク研究員」とかが多い。この肩書は「傍観者」を装うには格好の看板である(本当は米国のシンクタンクは決して価値中立的ではない)。あくまで傍観者で客観的で第三者的な話をしているに過ぎないと思わせて、特定の方向に誘導する訳である。

〇日本にもジャパンハンドラーズの劣化コピーのような走狗「インテリ」が増えてきた。売国官僚とかもだが、この類の走狗は漏れなく「東大話法」の類を身に付けていると思われる。この種の詭弁術は裏権力の共有財産なのかもしれない。【東大話法】https://ja.wikipedia.org/wiki/東大話法

〇「ああでもないし、こうでもない。ああであるかもしれないし、こうであるかもしれない。だが、これだ」という論法は国際秘密力の弁証法戦略を詭弁術に応用した趣である。「AvsB→C」。AとBを一応提示し、対立が煮詰まった所で調停者=傍観者の様な顔をして真に押し付けたい結論Cを持ってくる。

〇傍観者を装う「利点」はいくつかある。まず所詮傍観者と言う事で己の言説の立証責任を軽くできる(保身)。そして、あくまで客観的な傍観者の位置にあるという事で自らの見解を一段高いメタレベルの普遍的なものに見せかける事が出来る。だが傍観者を名乗る者ほど強烈に偏った前提を持つ場合が多い。

「無前提」を掲げる場合ほど強烈な「前提」を持っている事が多いと思う。自己の立場を明確にした上で自己を相対化して見る事と、自らを客観的な傍観者の位置に置く事は全く正反対である。前者からは寛容さや柔軟さが出てくるが、後者からは独善が出てくる。後者は自己相対化の契機が無いのである。

https://twitter.com/kikuchi_8/statuses/736587064955703296

(了)


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by kokusai_seikei | 2016-10-14 07:46 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)
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