ツイートまとめ テーマ:陰陽思想とカバラの世界観の違いについて


〇陰陽道に表と裏があり、「裏陰陽道」こそが「カバラ=迦波羅」だとする主張がある。当て字まで使ってカバラと結び付けようという涙ぐましい努力である。しかし、陰陽思想とカバラは世界観が全く違う。相容れないものを無理矢理結び付けて猶太とこじつけ伝統文化を毀損する。典型的な憑依型戦術である。

陰陽思想は太極と名付ける根源の一気が展開して世界が形成されるとする創造神を必要としない世界観である。根源の一気の分化発展作用を陽、統合含蓄作用を陰とし陰陽は相対的であると同時に相待的、二つで一つとする。この陰陽の気で人も山川草木も含む万有が構成されるとする。気は万有の質料とする。

〇一方のカバラはあくまで基本は猶太教であり、神と人の断絶が大前提である。新プラトン主義の流出説を受け入れつつも、あくまで、神と人は断絶しており、神と人はどれほど接近しても一体となることはない、というのが前提である。万有の生成を「気」の概念で説明する陰陽思想とはあまりにも異なる。

日猶同祖論等「〇は猶太」論の類は基本的な概念を押えておけば簡単に反証する事が出来る。例えば、大避神社秦河勝が祭られている一事で、秦氏が景教徒ではないと分かる。景教ではキリスト教諸派の中でとりわけ厳格に人性と神性が区別されているから、人を神として祭ることなどあり得ないのである。

〇修験者の法螺貝や兜巾(ときん)を猶太教ラビのものと同一視して、「修験道=猶太教」と言うのも同じである。修験道はアニミズムを基調とする山岳信仰であって、山中の木石などを拝む自然宗教である。猶太教徒が木石を拝んだら「偶像崇拝」になる。従って修験道=猶太教は絶対にありえないのである。

〇米国のカバラ学者ピンカス・ギラーは猶太教では「神」は分化して多になる事も半分に割れる事もなく常に「一」である事を強調すると指摘。「太極、両儀(陰 陽)を生ず」といい根源の一気が陰陽に分化するとする陰陽思想と全く違う。「陰陽道=カバラ」があり得ない事がカバラ学者の指摘からも分かる。

〇ピンカス・ギラーは「西洋の宗教は東洋のモデルとは基本的神学を異にしている。実在の裏に空があるのではなく、実在の頂点に神が存在しているのだ」と書いている。猶太人学者自身がこのように言っている。仏耶一元論や仏教とカバラの習合などは基本的な世界観が相違している故にあり得ないのである。

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(了)

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by kokusai_seikei | 2016-03-28 07:55 | ツイートまとめ | Trackback | Comments(0)
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